《1019》 仕事に励む末期がん患者 [未分類]

夏に抗がん剤治療を自分の意思で中止したAさんの余命は、
上手くいっても年内いっぱいだと、誰もが思っていました。
両肺に大量の胸水貯留と腫瘍マーカーの上昇などからです。

そこで当院の忘年会に思いきってAさんを招待しました。
本当に最後のクリスマスになるであろうことは、
Aさん自身もよく分かっていたので喜んでくれました。

通常、クリニックの忘年会に患者さんを招待することは
あまり無いと思います。
無様な姿を見せると、信頼を失うかもしれないからです。

しかしAさんは末期がんなのでいいや、と思いました。
旅立つ前に思いきり笑って欲しい、と願いました。
この世での最後のお酒を飲み交わしたかったのです。

忘年会は、各部署対抗のかくし芸大会で大いに盛り上がり、
Aさんも思いっきり笑ってくれました。
Aさんも私たちもホッとして、年を越すことができました。

痛み止めの麻薬は、秋から使っていました。
しかし酸素吸入は不思議と必要ありませんでした。
ご飯もまあまあ食べられます。

しかし年が明けても、Aさんは介護士として働き続けました。
腫瘍マーカーは毎月倍々ゲームで上昇しますが、元気です。
夜勤も普通にこなしていました。

職場の仲間には、病気のことは全く隠していたのです。
自分より長生きする入所者さんの介護を楽しんでいました。
「仕事しているほうが、精神的にも楽なんです」とのこと。

予想と異なり1月、2月を嘘のように穏やかに過ごしました。
毎月検査しましたが、肺がんは益々進行し医学的には末期です。
しかしAさんは「がんと付き合うねん」と笑う事しかしません。

3月になると、さすがに息切れが強くなってきました。
職場への通勤が難しくなり、退職の決意をされました。
そのころから往診での点滴を頼まれることが増えました。

「まさか、桜の花が見られるとは思ってなかったわ」。
3月末での退職も決まり、彼女はそう呟きました。
私は「桜、本当に大丈夫かな?」と思っていました。

彼女はその頃から、完璧な「死に支度」をしはじめました。

(続く)

PS)

あっという間に1月が終わるんですね。
本当に早い1月でした。
今週末、まだ新年会をやっていますが。

連日インフルエンザとノロウイルスに振り回されています。
朝から晩まで緊急往診の連続です。
かなり重いかたもいるので、しっかり予防してください。

今日は、奈良で講演です。
奈良でも京都でも、1時間以内で行けるので尼崎は便利です。
平穏死の話をしてきます。