《1027》 抗がん剤を飲みながら逝く [未分類]

Fさん(83歳男性)は、当院の内視鏡検査で
胃がんが発見されました。病院に紹介しましたが、
肝臓に転移していて手術適応無しと判断されました。
高齢でもあり、飲む抗がん剤が処方されました。

TS-1という薬を4週間飲んで、2週間休むことを指示されました。
しかしあまり効果が乏しいようで、徐々に衰弱していきました。
ご家族は、本人に病名を隠すことを強く希望されました。

Fさんは大変几帳面なかたで、出されたお薬をキチンと飲まれました。
胃潰瘍のお薬であると、病院の先生や家族から説明を受けていました。
かなり痩せてきたので、自然に在宅医療に移行しました。

食事は少しずつですが、なんとか食べることができました。
痛みはほとんど無く、麻薬を必要ともしません。
自然な省エネモードを、1日200mlのなぐさめの点滴で支えました。

穏やかな日々が、4カ月も続きました。
ご家族は、穏やかな日々に満足していました。
そして抗がん剤のおかげであると感謝されていました。

それでもついに、旅立ちの日が来ました。
穏やかすぎて、老衰のような感じでした。
まさに「平穏死」でした。

家族からの電話を受けてから、ゆっくりと訪問すると、
Fさんの穏やかなお顔がありました。
死亡確認をしながら、少し開いた口の中を覗きました。

すると、喉の奥に、なにか異物が見えました。
よく見るとそれは抗がん剤のTS-1でした。
最期に飲んだお薬が、まだ喉の奥に残っていたのです。

正確には、飲み込む寸前に旅立たれたのです。

家族になぜ死ぬ瞬間まで抗がん剤を続けたのか聞きました。
するとこのような答えが返ってきました。
病院の主治医が「この薬は死ぬまで飲みなさい」と言ったと。

律儀なFさんは、主治医の指示を最期まで忠実に守られました。
最期くらい守らなくてもいいのに、しっかり守られていました。
Fさんにとっては、お守りだったようです。

効いていませんでしたが、黙っていました。
死ぬ瞬間まで使われる抗がん剤もあるのですね。
Fさんが満足ならば、それでいいのですが・・・

【PS】
昨日は、東京・池袋で胃ろうの講演をしていました。
医学生だった6年間、毎日乗り降りしていた駅です。
しかし駅の構内や周辺は、すっかり変わっていました。

あれから30年も経ったのだから、当たり前でしょう。
しかし何となく、浦嶋太郎になったような気分でした。
昔を知っているだけに、不思議な感覚を味わいました。

また30年前、一緒に無医地区活動をやっていた
看護学生たちが聞きに来てくださり感激しました。
前後に、いろんなメデイアの取材も受けました。

明日9日の早朝4時から、某・国営ラジオに出演しています。