《1033》 ホルモン剤とともに独居の旅立ち [未分類]

世の中には、実にいろんな患者さんがおられます。
正確には、いろんな人生があります。
当たり前のことですが、日々の仕事の中でそれを感じます。

完全独居で寝たきりのまま1年以上、在宅療養をされた
Kさん(63歳、女性)のことを時々想い出します。
乳がんの多発性骨転移、皮膚転移、肺転移でした。

大腿骨頸部にがんが転移して骨折し、全く歩けません。
そのほか、全身の骨にがんが転移していました。
さらに、お腹や胸の皮膚にまで広範囲に転移していました。

Kさんは、大の病院嫌い。マンションの一室で、
ヘルパーさんに食事を作ってもらいながら、
1年以上にも及ぶ在宅療養を続けられました。

食事は寝ころんだまま食べられます。
大の男性嫌いらしく、私以外の男性は入れてくれません。
私は合鍵を預かっていたので、時間のある時に訪問しました。

訪問看護師は、皮膚の処置があるので2人か、ときには
1日に何度も訪問する日々が、春夏秋冬と1年続きました。
全身転移していても、すぐに死なないのがホルモン依存性のがん。

乳がんや前立腺がんで、ホルモン治療が有効な方なら、
結構長い時間、がんとの平衡状態が続きます。
他のがんの平均在宅期間が1.5カ月のなか、例外的です。

Kさんは、病院嫌いのくせに、ホルモン剤は大好きでした。
他のお薬はともかく、ホルモン剤だけは常に要求しました。
Kさんの生への執念は、ホルモン剤治療に表れていました。

もちろんKさんの期待に応える日々が続きました。
麻薬による緩和医療も並行しながら、在宅療養が続きました。
そして徐々に衰弱されて、ついに、旅立ちの日が来ました。

9時に入ったヘルパーさんが異変を発見し電話をくれました。
Kさんは夜中から朝方の間に、息を引き取ったようでした。
前夜覗いた時は機嫌が良く、巨人阪神戦を見ていたのですが。

私が驚いたことは、Kさんの布団の上にホルモン剤の
錠剤がポロポロと、落ちていたことです。
Kさんは最期の最期まで、必死で飲もうとされたのでしょう。

毛が抜ける抗がん剤は、途中で止めるひとが多いのですが、
ホルモン治療は最期の最期まで続けている人が少なくない。
しかし、もう飲んでくれる人がいない錠剤が、寂しく見えました。

【PS】
昨日は、大阪で職場の労働衛生について講演をしていました。
がんの予防は職場から、健康診断から、とお話をしました。
死の話だけでなく、病気や予防の講演もやっています。

今日は、講演2つと長い取材が1つあります。
午前はゴージャスな有料老人ホームに出かけて講演です。
午後は地域の公民館で高齢者に平穏死の条件を話します。

日々、全国から本当に多くの相談を受けます。
胃ろうと認知症と抗がん剤の相談に集約されそうです。
時間が許せば「独断」に満ちたメールを返しています。