《1042》 町医者の常識は病院の非常識 [未分類]

金沢で開催された日本静脈栄養学会に参加してきました。
平たく言うと、この学会は胃ろうと中心静脈栄養の学会。
私は「日本人の胃ろうを問う」というシンポジウムに参加。

胃ろうについて様々な議論が交わされましたが、時間切れで
消化不良に終わりました。
来年、またこの続きをすることになりました。

この学会は、病院が中心の学会です。
それも大病院や急性期病院の医療者の集まりです。
私のような在宅医は、ほとんどいない学会でした。

ステイングの歌に
「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」がありますが、
私自身、突然、異邦人になったかのような気分になりました。

どうも、末期がんのひとに、最期まで高カロリー輸液を
することが当たり前のように論じられていました。
終末期の方にもしっかり栄養することが常識のようでした。

枯れるように死ぬ。
ほとんど点滴をしないで、自然な最期を迎える、
なーんて話は、どこにもありませんでした。

このブログが一部、本になっています。
第1巻のタイトルは、「町医者の常識は病院の非常識」ですが、
まさにこのタイトルが頭の中を駆け巡った2日間でした。

さて、この学会では抗がん剤治療中もしっかり中心静脈栄養を
することになっているようでした。
抗がん剤の中止や栄養の中止という文字は見かけませんでした。

自動車でいえば、走り出したらもう止まらないという感じです。
ギアチェンジや停車は、急性期病院さんにはあまり無いようで、
あらためてショックを受けて、帰ってきました。

抗がん剤にしても、高カロリー輸液にしても、その中止を
決めるのは本人しか無い、とあらためて思いました。
言い出さなければ、最期までギアチェンジが無い場合が多い!

正直、茫然としています。
その内容を知りたい方は、個人ブログのほうを見てください。
しかし元気を出して今日も大阪で平穏死の講演をしてきます。

自分はどうやら異端のようです。

本が売れる理由が分かりました。