《1061》 玄侑さんの言葉 ―― 今、「無常素描」を観る(その2) [未分類]

記録映画「無常素描」には玄侑宗久さんも出演されています。
福島県三春町のお寺のご住職さんであり、有名な作家さんです。
私が無理やりお願いして、鎮魂のお経をよんで頂きました。

玄侑さんの言葉とお経が、映画「無常素描」の全体の
土台になっています。
私との対話ですが、私の声はすべて消されています。

その中で、玄侑さんは、相当なことを言っておられます。
2年経った現在のほうが言葉の重みが増していると感じます。
何気ない対話の中、印象に残った言葉をひとつご紹介します。

街角にビルが建つと、ここ前、何があったのかなというの、
すぐに忘れるんですよね

今回被災地を見て「忘れるまい」と思っているんですけども。

今度は結構な津波が来ても大丈夫だよっていう町にしたら、
忘れるまいと思っていても、忘れると思いますよ。

これは阪神大震災の時、私も経験しました。
区画整理で立のきになった土地に、立派なビルが建ちます。
しかしそこに住んでた人は、どこかに移動させられました。

そこに住んでいたという事実より、「効率」が優先されます。
震災を口実にしたとしか思えない変な再開発も行われました。
効率的なビルになるはずが、幽霊ビルになっているところも。

是非、阪神大震災の二の舞をして欲しくはありません。
そこに住んでいた人の気持ちに充分に寄り添って欲しい。
時には、復興でなくて、復旧でもいい、と私は思います。

この映画は、DVDとしてネットで購入できますが、
HPでの予告篇の中に流れる玄侑さんの呟きだけでも
是非、聞いてください。