《1096》 愛の不確実性 [未分類]

過食や拒食に悩んでいる子供が沢山おられます。
15歳で何故、重症高血圧になるのか?
何故、重症糖尿病になるのか?

日々の外来診療でそんな疑問が離れません。
何故、上手く食べられないのだろう?
何故、そんなふうになったのだろう?

そこで愛や両親との関係性に言及することは、
私はその専門家ではないので不適切でしょう。
批難されることは覚悟の上で、書いています。

先日、「愛が、よくわからない」でスタートしました。
実は、分からないのは遠野なぎこさんだけではなく、
私自身が、「愛がよくわからない」、のです。

診察室で、親の話も聞きます。
手紙やメールでも聞いています。
もちろん子供の言い分や言動にも耳と目を澄まします。

両者の言い分を聞いていて、これは大変だな、
と思う事が毎日のようにあります。
そんな思いをもう少し書いてみたいです。

しかしあまりにご批判が多いようでしたら
早々にこのテーマは、止めておきます。
かなりデリケートなテーマですから。

死についても同じです。
死を語れば、必ず誰かが非難します。
しかし全く語らなかったら、もっと大変なことになります。

「医療の不確実性」という言葉があります。
いくらちゃんとやっても上手くいかない時が現実にあります。
不可抗力という言葉しか見つかりません。

私は「愛の不確実性」を思います。
いくら愛しても思うように相手に伝わらない。
時に、真逆の結果をもたらすこともある。

そんな想いを、書いていきたいと思いますが、
今日はちょっと休憩して、もう少し考えます。
これからインテックス大阪で、愛と死について講演してきます。