《1107》 愛を語るより口づけをかわそう [未分類]

「愛を語るより口づけをかわそう」

とは、WANDSというグループのヒット曲名です。
ちょと昔の曲ですが時々、カラオケで歌っています。
この曲を聴くと、若いっていいな!と素直に思います。

この歌詞の意味は、理屈より行動、ってことなのかな?
愛は語るものでは無く、行動することであるのかなと、
勝手に解釈しています。

話がそれますが、私のように50歳を超えた方で
日常的に口づけをしている日本人は
そう多くはないと想像します。
スミマセン、こんな話。連休に免じてお許しください。

さて、衰弱した在宅患者さんを訪問した時に、患者さんや
配偶者を笑わせたいな、と思うことがあります。
笑うと、話が弾み、本音が出るからです。

そんな時、「最近、夫婦でくちづけを交わしていますか?
と不意打ちのように聞くことがあります。
お二人が顔を真っ赤にして笑いながら否定するのを見ます。

病んでいる人を癒すのは、結構難しい。

口づけで病人を癒す配偶者は、そう多くはないでしょう。
しかし仲のいい老夫婦が、口づけで癒している光景を
見かけたことがあります。こちらが癒されました。

医師や看護師も心から癒したいと感じる患者さんがいます。
患者さんを心から愛おしく感じることもあります。
しかし、まさか、口づけをすることはありません。

そんな時、患者さんの手を握り、皮膚に触ります。
タッチケアともいいます。
触れることで、癒し、気持ちが通じる感じがします。

時には、ハグすることもあります。
ちょと恥ずかしいけれど、抱きしめるのです。
くちづけと同様、自然にそうなるのがハグだと思います。

患者さんを元気にする、ご家族を元気にするために、
気がついたら自然とハグしていることがあります。
50歳を超えて厚かましくなったのでできるのです。

さすがに高校生をハグしたことはありません。
しかし心情的にハグしたいことは、あります。
でも実際にやれば、セクハラで捕まるかな?

在宅医療も外来診療も、校医としての学校検診も同じ。
心を通わせることが医療行為の土台であると思います。
愛が無い医療や介護は、お互いにどこか寂しい。

タッチケアもハグも、愛のカタチ。
歳をとると、口づけはできなくても、
触れることは上手にできると思います。

《PS》
昨日は、(社)日本尊厳死協会が編集した書籍
「新・私が決める尊厳死 「不治かつ末期」の具体的提案」
の出版記念パーティーが名古屋で開催されました。

執筆者らによる記念講演や質疑応答を多くの一般市民
の方たちと、大いに楽しみました。

尊厳死とは、尊厳生。
尊厳ある生とは、「愛」である、と確信した夜でした。