《1369》 ゲートボールと早期胃がん(上) [未分類]

◆ 偶然に早期胃がんを発見

勤務医時代の話である。Kさんは、
とうに80歳を越えるも元気なご婦人で、
軽い高血圧で通院していた。

何の理由か忘れたが、胃カメラ検査を
したところ、偶然にも胃に直径1センチ足らずの
早期胃がんが見つかった。

がん病巣がまだ小さく浅いと判断されたので、
年齢も考慮し、外科手術よりも負担の軽い
内視鏡でがん病巣を削り取る治療法(内視鏡的切除)を、
Kさん本人も納得の上、選択した。

3~4カ月かけて何度も癌病巣を削り取ったり、
レーザー治療を行ったが、予想に反し
がん病巣は完全に取りきれなかった。

しかも半年後には粘膜の少し深い所にがんが
進展していることが判明。こうなると
がんを完治せしめるには外科手術しかない。

Kさんに外科手術の説明をしたが、
今度は頑として拒否された。
以来通院もしなくなった。

私は慌ててKさんに電話攻撃をしたり、
娘さんを呼び出して説明したりして
手術を勧めてもらった。

しかしKさんの意思は固く、私が
「手術をしなければ5年もたないかもしれない」と
説得しても、「がんで死んでも構わないから
手術だけは絶対嫌だ」と聞き入れなかった。

理由は、Kさんはゲートボールの名手で、
老人チームのリーダー的存在であり、手術を受けると体力がなくなり、
ゲートボールができなくなるからという理由であった。

もっともである。

◆ 執拗な説得に渋々手術を

しかし、まだ若かった私は(今でも若いが)執拗に
説得し、Kさんは最後に押しきられた形で
渋々手術を承諾された。

手術は難なく成功し、結局
胃の3分の2を失うことで、
Kさんは癌と完全に決別することができた。

しかしKさんは、懸念していたとおり、
術後半年が経過しても
体重の戻りが悪く、ゲッソリした顔つきであった。

「思うようにゲートボールができない」と外来では
恨み言も言われたが、一応医者の務めを果たした
つもりの私は半分聞き流していた。

一年が経過しても体力が十分に戻らなかったことまでは
覚えているが、いつしかKさんが通院しなくなったことには
気が付かなくなっていた。

(続く)