《1385》 ピロリ菌が愛おしいときもある [未分類]

ピロリ菌を発見したウオーレン先生とマーシャル先生は
その功績で、2005年にノーベル賞を受賞されました。
菌が発見されたのは私が医者になる2年前の1982年の事。

それまでは、強酸性の胃袋の中に細菌が住んでいるなんて
誰一人信じていませんでした。月に生物がいないように。
しかし2人の医師は勇敢にも、その定説を覆したのです。

当初、感染の実験台はマーシャル先生自身だったそうです。
すなわち、患者さんから培養した細菌を自分で飲んだら
その晩から数日間、胃が痛みゲーゲー嘔吐したそうです。

ピロリ菌がいない胃に、急に外からピロリ菌が入ってきたら
それを排除しようという反応があり、急性胃炎が起こる。
彼らはその様子をちゃんと克明に日記につけていたそうです。

当初は胃の中に細菌が住んでいるなんて誰一人信じていなかった。
しかしその後、他の研究者も「もしかしたら本当かもしれない」に変化。
そして、胃潰瘍のみならず胃炎にも関係していることが分かった。

実は私も27~28年前、大学病院に勤務していた時、
胃カメラの翌日に胃が急激に痛むという患者さんがいたことを
覚えています。胃カメラの結果は、異常無しだったのに……

今から考えると、内視鏡を介してピロリ菌が
感染した可能性が充分考えられます。
当時は現在のような立派な内視鏡の洗浄設備がありませんでした。

ピロリ菌がいない胃にピロリ菌が入ってきたらどうなるのか?
急激な免疫反応、炎症反応が起こります。
胃粘膜の中の白血球等を総動員してピロリ菌を排除しようとする。

早く言えば、侵入者と機動隊との衝突です。
その結果、機動隊が勝って鎮静化する場合と、
何年もの間、にらみ合いが続くことがあります。

後者を慢性胃炎と呼びます。
こうした慢性の炎症の中に、やがて胃がんが生まれるのです。
ピロリ菌が原因というより慢性胃炎が原因で胃がんになる。

ところで日本人の半数にいるピロリ菌は悪者でしょうか?
何かひとつくらいいいことを、していないのでしょうか?
実は、これはとても難しい問いです。

個人的には少しはいいこともしていると当初は思っていました。
9割悪いが1割くらいは良い面もあるのではと。
ですから、何が何でも除菌を!とまでは考えていませんでした。

しかし胃炎での除菌が保険適用にもなり日本人の胃がんを大幅に
減らせることが分かった現在、除菌療法を積極的に行っています。
予防法があるのなら予防してさしあげたい、そう考えています。

さて、当のピロリ菌さんは何を考えているんでしょうね?
ピロリ菌は、胃の粘液層の下の方に静かに身を隠しています。
ムチンという粘液を食べて割と慎ましやかに暮らしています。

胃酸に負けないように、自力でアンモニアというアルカリを
産生して自分の身の周りの環境を変えて、生き延びています。
大変厳しい環境にも上手に適応していてかなりの処世術です。

便中に出たクルクル巻(コッコロイドタイプと言います)になった
ピロリ菌の写真を見ると、なんとなく愛しくなる時もあります。
冬眠みたいなことまでして頑張っているんだな、なんて気持ちに。

しかし胃がんの発生に、ある程度関連していることが
分かった以上は、医師としては静観できなくなりました。
そんな感じでしょうか。

以上、早期胃がんについてあれこれ述べてきました。
何かのお役に立てれば幸いです。