先日、「抗がん剤のやめどき」について講演した後、1時間もの
質疑応答の時間があり、その中でこんな質問が出ました。
「うちの病院では、がんの治療についてはキャンサーボード
という多職種の話し合いの場があり、そこで治療方針を決めます。
しかし、そろそろ抗がん剤をやめた方がいいと思っても言えません」と。
「そもそも、なぜ、そこに患者さんがいないのですか?」
「いや、抗がん剤の専門医、がん専門の外科医、がん専門の放射線科医
がん専門の看護師、がん専門の薬剤師などが話し合って決めるのです」
「ちょと待ってください。患者さんの希望はどうなるのですか?」
「いや、患者さんの希望はちゃんと聞いていて、参考にします」
「参考ではなく、その話し合いの中心にいるべきではないのですか?」
「だから各専門家がちゃんと話し合って決めるのですが……」
「おかしいですね。患者中心の医療って言葉があるじゃないですか?
在宅でもケア会議があって、患者さんを中心に療養方針について
本人の希望を尊重しながら、決めていくのですがねえ」
「だからキャンサーボードでは、がんの専門家が集まって……」
「いや、だからたった今、講演したばかりでしょう?
抗がん剤の“やめどき”は患者さんが自己決定するもので
医療スタッフはその意志を尊重して寄り添うべきだって」
「いや、患者が入らないのがキャンサーボードなので……」
「そんなことしているから、亡くなる直前まで抗がん剤を打ったり
高カロリー輸液をして管だらけにして溺れ死にさせるのですよ。
専門家が何人集まろうと、その中心に患者さんがいなければダメ」
「いやいや、うちの病院のキャンサーボードでは……」
「キャンサーボードだかなんだか知らないけど、勝手に決めたらダメ。
患者さんが納得するまで、十分に話しあうことが大切だと思うけどな。
そんなことしているから、がん放置療法の本がバンバン売れるんだよ。
そして、それを買う患者の気持ちを理解しようともしないんだよね」
少々、キツイことを言ってしまいました。
抑えていた感情が少し出てしまいました。
でも本当のことなので仕方がありません。
多くのがん専門病院では、いまだに、患者不在のがん医療が行われています。
がんの専門家を名乗る人が集まれば集まるほど、終わりが分からなくなる。
そして家に帰って、たった2~3日で亡くなることが時々ある。
ひどいケースでは、家に帰って、私が初めて伺うまでに亡くなることもある。
そんな話を延々とした直後でも上記のような質問が出るのが、専門病院です。
治療だけを考え、命には終わりがあることがすっかり抜け落ちているのです。
そんながん専門病院では、地域連携部や退院調整看護師やMSWも
同じような調子で、もたもた話し合いをしている間に患者さんは亡くなる。
結局、自力で“脱出”してきた患者さんだけが最期の時間を楽しめるのです。
“がんもどき仮説”や“がん放置療法”は間違っているぞ! と陰で怒る前に
自分たちの病院で患者さんの意思決定が尊重できているのかを考えてほしい。
しかし、そんな講演をいくらしても伝わらないのが、がん専門病院とも言えます。
帰りがけに一人のがん専門病院の医師が近づいてきて、こう言ってくれました。
「長尾先生、ありがとうございました。私はがん拠点病院で働く医者ですが
キャンサーボードに患者さんがいないことがおかしいことに今、気づきました。
まさに目からウロコの話でした。ありがとうございました」
まあ、こんな病院スタッフも一人くらいはいるのです。
その一人に伝えるために、自分の時間をすべて返上してお話をしています。
こうした反応があれば、私は大満足です。
それにしても、抗がん剤治療を受けている患者さんは、どう思いますか?
抗がん剤は、いい/悪い、ではないのです。
かなりの延命効果のある抗がん剤が登場して、
しかも遺伝子検査で事前予測もできるのです。
しかし最期まで延命治療たり得ないのが、抗がん剤です。
延命と縮命の分水嶺があるのです。それを感じるのです。
その分水嶺をキャンサーボードとやらに任せていては、抗がん剤で死にます。
いいですか。
年を取ったら、がんの治療をやらないのも選択肢だし、自己決定です。
しかしまだ若くて完治する可能性が十分あれば、がん治療を選ぶでしょう。
抗がん剤をやる時に一番大切なことは、この“やめどき”なのです。
“やめどき”は、本人が感じるもの。
そしてその言い出しッペは、患者さんや家族です。
それをそのまま正直に、主治医などのスタッフに伝え、相談してください。
私の中だけでの今年の流行語大賞は、
「いつやめるの?」「今かな?」
なのです。
この『?』が大切なのです。
やっぱ、よく分からない、という人は、ぜひ「抗がん剤・10のやめどき」
という拙書をゆっくり読んでみてください。
ちょっと長いですが、分かりやすく書きました。
本当は、がんセンターの若い医師全員に、そしてできれば医学生全員に
読んでもらおうと意気込んで書いた本です。
しかし読んでいただくのは、患者さんばかりなのが現実です。
医療否定本やがん放置本は、まだまだ読まれて支持されています。
がん医療界がそうした現実を直視しない限り、流れは変わりません。
まずは、“抗がん剤のやめどき”の議論に、患者さんを入れてください。
3時間の講演は、気の毒ですが、こうした厳しい結論で終わりました。
しかし勇気を出して大切な質問をしてくれたがん専門スタッフに感謝。
そうした素朴な疑問から医療は変わっていく、と信じている一人です。