《0167》 小児科医師過労死裁判、その意味 [未分類]

1999年、都内の病院で働く1人の小児科医が自殺しました。
故・中原利郎先生です。

多くの当直をこなし、まさに死ぬほど働きました。
しかし、当初、労働基準監督署は労災認定をしませんでした。

そのため、医師の過重労働による労災認定をめぐる裁判が
争われ、労災認定については、労災を認める判決が東京地裁で
出されて確定しました。

この裁判では、医師の宿直勤務の過重性などが根拠となって労災が
認められました。
当然といえば、あまりに当然の判決ですが、これまでタブー視されてきた
医師の労働問題における大きな進歩でした。

一方、医師に対する病院の安全配慮義務違反による損害賠償の
裁判も並行して行われ、こちらについては、 今年7月8日、最高裁で
「和解」という形で終結しました。

10年もの歳月を費やしましたが、「和解」は、当事者双方が
「医師不足や医師の過重労働を生じさせないことが国民の健康を
守るために不可欠であることを相互に確認する」などという画期的な内容でした。

しかし、医師の労働問題を訴え続けてきた妻ののり子さんは、
「医師の過重労働という問題があることを世の中に訴えるという
意味では、これで終わったとは思っていない」と話しています。

昨年、国会でも医師の過重労働が議論されました。
拙書「パンドラの箱を開けよう」で、過重労働の啓発も行いました。
医師の労働条件は少しずつですが、改善されつつあるようです。

また中原裁判は、全国の市民の応援を得る運動に展開しました。
「県立柏原病院の小児科を守る会」に代表されるような、
「患者さん側が変わろう」という動きが出てきました。

10月16日には「中原利郎先生の過労死認定を支援する会」の
最終総会とシンポジウムが開かれ、裁判の意義が話し合われる予定です。
私も、奥様の労をねぎらいに参加します。

一般の方にも、医師の労働問題をめぐる様々な議論、そして、
このような裁判があったことを知っていただきたいと思い、書きました。