私は現在、30冊以上の本を出版していますが、記念すべき第1冊目は「町医者冥利」という本です。私の原点とも言える記録です。
この本の最後の方に、今から19年前の1996年に兵庫県相生市で話をした講演録が掲載されています。
本が絶版になっているため、現在では読むことは困難だと思います。数日間にわたり、この講演録を分割してご紹介します。
19年前の講演録ですが、現在となにも変わっていません。悲しむべきか。喜ぶべきか、よく分かりませんが、とにかく数回に分けてご紹介します。
約20年前の文章が、誰かの役に立てば幸いです。
(編集部注 : 一部の表記などをあらためています)
右脳の行動とは
ちょっと話題を変えます。
今、春山先生という病院の先生が書かれた『脳内革命』という本がベストセラーになっております。皆様もご存知かもしれませんが、人間の脳は右と左では少し違った働きを担っています。
左の脳は日常生活に必要な理屈とか損得勘定などに関係し、普段使っているのは主にこの左の脳です。右脳は、そういう損得に関係がない、例えば芸術であるとか、物事を創造するとか、あるいはリラックスした時であるとか、何かに感動した時とか、そういう時に使われています。
人間は知らず知らずの間に右の脳と左の脳をうまく使い分けて生活しています。夢を見ている時やリラックスした時は右の脳が使われ、アルファ波という脳波が出ています。完全に証明されてはいませんが、特にこの右脳を使った時に脳内からモルヒネという快楽物質が出て、幸せを感じると言われています。
実は、私の個人的な推測ですが、先程お話ししました震災の時の、開業医、救急部長、病院のスタッフの見事な行動は、実は右脳のなせる仕事だったような気がします。当時のことを思い出すと直感的にそう感じます。
右脳というのは人を大きく動かす力を持ちますが、使い方によっては新興宗教に見られるように非常に怖い方向にも働きます。政治の世界を考えてみますと、従来の政治家というのは左脳のタイプが多いようです。結局、自分の利益ばかりを追っています。
でもこれからは、そういう従来の左脳の政治では日本は対応しきれなくなっていることを、本能的に我々日本人は感じています。右脳で考える、すなわち自分の利益だけでなく全体の利益、調和を本気で考えてくれる政治家を求める傾向になってきているように感じます。
著者自身がおっしゃってましたけれども、『脳内革命』なんて本は「みんなのことを考えて行動しましょう、そしたら自分もハッピーになりますよ」ということを、医者がもっともらしく述べただけの本で、考えてみれば誰でも知っていることです。でもそれを本にしたら、こんなにばか売れする。この反応こそが日本人が今、右脳の思考で対応していかないと21世紀の日本を維持できなくなるという危機意識、あるいは潜在意識を持っているということの、現れではないでしょうか。
ではどうすれば右脳をうまく使うことができるのでしょうか。これは非常にむずかしくて私が教えてもらいたいくらいです。私自身は、古くからある色々な養生法、例えば呼吸法、ヨガ、気功、太極拳などは、すべて右脳を使うための訓練であると理解しております。月並みですが運動で体を動かし、いい音楽を聴き、美しい絵を眺めるのも大切だと思います。
昔から「病は気から」と申しますが、実はこの言葉は、震災の被災者においても検証されました。
大阪大学の環境医学の森本先生が調べられましたけれども、地震で肉親を亡くされた人で、つらい体験をなんとか乗り越えられた人と、なかなかその悲しみから脱却できないでいる人の2つのグループで、血液中のNK細胞という自然に備わっている人間の免疫能――いろんな病原体や癌細胞を殺してしまうリンパ球の働き――を調べられました。悲しい体験をされても、それをなんとか乗り越えて生きていらっしゃる方のNK細胞、すなわち免疫の働きは、そうでない方のちょうど2倍あったそうです。
この調査からも精神状態が、いかに健康状態に大きく影響するか検証されました。
(続く)