私は現在、30冊以上の本を出版していますが、記念すべき第1冊目は「町医者冥利」という本です。私の原点とも言える記録です。
この本の最後の方に、今から19年前の1996年に兵庫県相生市で話をした講演録が掲載されています。
本が絶版になっているため、現在では読むことは困難だと思います。数日間にわたり、この講演録を分割してご紹介します。
19年前の講演録ですが、現在となにも変わっていません。悲しむべきか。喜ぶべきか、よく分かりませんが、とにかく数回に分けてご紹介します。
約20年前の文章が、誰かの役に立てば幸いです。
(編集部注 : 一部の表記などをあらためています)
高齢者の社会参加とは
昨年のこの講演会の抄録を読ませていただきましたが、関西学院大学の先生のご講演の中に「お饅頭の話」がありました。とてもいい話で、本当になるほどと思いました。
若い時は、お饅頭を1人で食べて、美味しいと思うだけですけれども、歳をとると、そのお饅頭を2つに割って誰かに食べてもらいたくなる。食べた人が美味しいと言うのを聞いて自分も嬉しいと感じるようになるそうです。
私はまだ、お饅頭を1人で食べて美味しいと思うだけで、到底その境地にはほど遠いのですが。今日は高齢者の社会参加がテーマだそうですね。高齢者の社会参加と聞いても、まだ若いせいか私にはピンときませんが、素人なりに感じるところをお話しさせていただきます。
私は高齢者とは、まさに人にお饅頭をあげる精神的余裕のある年齢だと思います。人間としての経験が一番ありますし、中には現役でお仕事されている方もあるでしょうが、時間的にも余裕があります。
これは私の個人的な意見なのですが、今の小学生を見ていて思うことは、ほんとうに偏差値教育が中心で、幼稚園の時期から塾だの習い事に追われています。自分の子供時代と比べて遊ぶ時間が明らかに少ないように思います。友達と遊ぶにも電話で予約をとらないといけない状況です。
野原はありませんし、唯一の遊び場である小さな公園も、仮設住宅で全部埋まっています。野原で日が暮れるまで遊びほうけるという遊び方は、都会ではほとんどできません。
相生市のこの辺りは遊ぶところがいっぱいあって、自分の子供が来たら喜ぶだろうなと、今日来る時思いました。小学校の教育も、計算や知識を詰め込むだけの勉強に追われるだけで、人間として一番大事なものの教育が欠けているように思います。
実は、私は高齢者の方々が小学生の教育に一番適しているんじゃないかと思っています。なぜなら、高齢者の方々は一番、人間にとって重要な「知恵」を最もたくさん持っておられますし、何ともいえない趣もあります。とにかく日本の伝統や風習を一番よく知っている方です。
私は医院をやっていますので、今朝も診察室で、ご老人と接してからここへ来たわけですけれども、高齢者の方と接する時が一番ほっとします。言葉ではうまく言えませんけれど、人を包み込むような寛大さを強く感じます。戦争を体験していることがやはり大きいのかもしれません。今の子供達に日本人の良さ、日本の伝統をぜひ伝えていただきたいと思います。
半分に割ったお饅頭を、そういう「知恵のお饅頭」を子供達、特に小学生に(家のお孫さんでもいいですし、公園の見知らぬ子供、誰でもいいと思いますけれども)是非与えてあげてほしいと思います。今の子供がこのまま大人になって日本がどういう状態になるのか、非常な危機感を強く感じております。
(続く)