《1760》 緩和医療か、殺人か? [未分類]

昨年のある日、とある訪問看護ステーションから
珍しく緊急電話がかかってきました。
「長尾先生、とにかく、今すぐ来てください!」

なんのことかサッパリわかりませんでしたが、話を聞きました。
訪問看護師の命令には従わないと、在宅医を続けられません。
どうも、神経難病の50歳代の女性の相談に乗ってほしいよう。

たまたま時間が空いていたので、教えていただいた家に訪問すると
呼吸が苦しそうな顔をした女性が横たわっておられました。
すでに胃ろう栄養で、気管切開もされていました。

夜間睡眠中に酸素濃度が下がり、意識レベルも下がるなど
自発呼吸が徐々に弱くなってくる過程での諸症状が出ていました。
しかし、人工呼吸器をつけるとすぐに解決しそうな問題に思えました。

私は患者さん自身とご家族と、人工呼吸器装着について1時間ほど
ゆっくり病状説明と話し合いをしました。
その結果、本人と家族は「呼吸器をつけたい」と言われました。

しかし主治医からは、そうした相談は一切されていないとのこと。
ただ、訪問看護師には主治医から、次のような説明があったそうです。

「もし呼吸器をつけると、植物状態になり苦しめることになる。
 今、必要なのはモルヒネを大量に使い症状を緩和すること」と。

「なに? 呼吸器ではなくて、モルヒネ? それどういう意味?」
訪問看護師たちは「……」

「それって緩和医療なのか?」

「そうです、それが緩和医療だと主治医は言っておられます。
 まあモルヒネの注射で呼吸が止まるかもしれませんが……」

「何を言っている。神経難病への人工呼吸器は福祉用具だよ。
 車椅子や松葉杖と同じじゃないか!」

「いや、そうではなくて、主治医はどうも尊厳死させたいそうです。
 その先生の方針だそうで、看護師がいくら言っても変わりません」

「尊厳死? それって、安楽死の間違いじゃないのか?
 そもそも患者さんの希望はあるのか? 口頭でもいいけど」

「そんな説明は一切なされていません。
 とにかく先生は『尊厳死させる』の一点張りで……」

「ちょと待てよ、それって尊厳死でもなければ安楽死でもない。
 たとえ安楽死でも、最低限本人の意思が必要なわけだし……
 もしそれも無いのならば、単なる殺人じゃないのか?」

「やっぱり!」

実は看護師たちもそう判断していたようです。
でも主治医が聞く耳を持たず、私たちも困っているとのこと。

「どういうこと?」

「今日、モルヒネの注射をするといってきかないのです。
 『それが緩和医療だ』という一点張りで。
 実は今日がその日なので、思わず電話してしまいました……」

「たしかに困りましたね。
 それにしても、緩和医療と殺人の区別がわからない!?

経験ある医師でさえも、尊厳死と安楽死の区別がつかない現実。
まして、安楽死と殺人の区別さえも。
なぜなら、そうした医学教育は皆無だから?

私はその時、尊厳死と安楽死の違いをわかりやすく述べた本を書く
決心をしました。
おりしも、米国の29歳女性の安楽死が話題になった時でした。