認知症高齢者にがんが見つかることは決して稀ではありません。
なぜなら、
2人に1人はがんになる時代だから。
これは生涯のうちにという意味です。
裏を返せば、既に80歳、90歳まで生きのびた人は
5割以上の確率でがんを持っているということ。
そして3割以上ががんで亡くなるということです。
認知症高齢者が全員、認知症や老衰で最期を迎えるとは限らない。
実は半数近くが、がんで終末期を迎えるのです。
あまり実感が無いかもしれませんが数字で考えるとそうなります。
事実、介護老人施設入所者にがんが見つかることがよくあります。
食欲が減ったと思ったら、かなり進行した胃がんだった。
黄疸が出たと思ったら、かなり進行した膵臓がんだった、など。
もう歳だから……
なんて言おうものなら、家族に激しく怒られる場合があります。
あるいは遠くの長男長女が飛んで来て、やいやい言います。
普段会っていない分だけ、後ろめたい気持ちから注文が増えます。
一昨日、昨日と紹介してきた「88歳認知症男性の前立腺がん疑いの扱い」についても
正解はありません。しっかり検査、治療するのもひとつの道。
反対に、何もせず、痛みが出てから緩和医療だけを行うのもひとつの道。
しかし、年齢だけで医療の適応を決めるのも間違いです。
昨年、日野原重明先生は、102歳で心臓の手術をされました。
心臓のステント手術も、100歳を過ぎても行われているのが日本の医療。
結局、家族内での話し合いの結果、「病院へ紹介」の結論を出しました。
しかし、本人は「病院へは行きたくない。放っておいてほしい」の一点張り。
実は、要介護2の認知症の奥さんも「行かないでほしい」でした。
困ったので、ケアマネさんにお願いして「ケア会議」を開きました。
多職種が集まり、本人と家族代表と話し合いました。
病院に行くか行かないかで、1時間話し合いました。
しかし、それでも結論が出ません。
結局、みなさん最後にこう言われました。
「先生が決めてください!」
なに? 医者が決めるの?
せっかく本人と奥さんの意志が明確なのに……
認知症であっても軽ければ、判断能力は十分あると思われます。
だから私は言いました。
「やはり、本人の意志が明確なので、もう一度よく話し合っていただき
それを尊重してもらえませんか?」と。
350というPSAの高値が分かってから、結局3週間が経過しました。
遠くの長男・長女は、病状の進行を日々、強く案じています。
しかし肝心の本人は無症状で、いたって上機嫌で在宅療養されています。
認知症や高齢者の意思決定システムが無い我が国では、終末期医療だけでなく
がんの診断や治療の段階においてさえ、意思決定に多大な労力を要します。
本人の意志を尊重すればいいだけじゃないか、
みなさんは、そう思われるかもしれません。
実は、遠くの長男・長女は弁護士さんなのです。
自分たちの言う事を聞かないと「訴える」とほのめかされました。
訴えられたら、医者ができない。
だから、家族が言うことに盲従するしかないのが医療現場です。
日本の高齢者の終末期医療の意思決定は、
- 数%は本人が
- 3分の2は家族が
- 3分の1は医者が
しています。
おそらく、がん医療においても同じような傾向にあるのでしょう。
こうしたややこしい問題に巻き込まれたくないと、在宅医療を避ける
医師が大半なのも分かる気がします。
もちろん24時間365日拘束も、敬遠される大きな理由なのですが。
昨日から今朝にかけても、電話があちこちからかかってきたので熟睡はできません。
ボーっとした頭のまま外来をして会議をこなし、深夜まで在宅を回ります。
そして、PSA高値の人と家族に粘り強く向き合います。
患者さんの意志が尊重される法的な後ろ盾があれば、医療者は助かります。
しかし日本は「そんなものは議論の必要すらない!」という国です。
朝日新聞も「医療者のための議論にすぎない」と上から目線だけ。
長く書きましたが、日本の医療問題はつきつめていけば家族の問題です。
本人の意志と家族の意志が相反することが常。
だから家族が一切いない完全孤独のおひとりさまの医療が一番好きです。
(このシリーズ終わり)