《1793》 「安楽死」と「尊厳死」は、まったく違う死の形 [未分類]

長尾和宏の死の授業 in 東京大学・7》

「安楽死」と「尊厳死」は、まったく違う死の形

 長尾 皆さん、ブリタニー・メイナードさんという名前はまだ、記憶に新しいのではないでしょうか? そう、末期の脳腫瘍と診断され、余命6ヵ月と告げられたアメリカ人の29歳の女性が、「11月1日に死にます」とSNSで予告しました。全米中、いや、世界中で話題となりましたね。
そして、お医者さんから、飲めば死ねる、という<自殺薬>を処方してもらいました。彼女は、死ぬために、わざわざ法律でそういう死に方が認められているアメリカ西部のオレゴン州に引っ越したのです。

生徒Ⅲ 日本では認められていない死に方ですよね?

長尾 もちろんです。日本でオレゴン州と同じことをすれば、医師は<自殺ほう助罪>で間違いなく、逮捕されます。しかし、アメリカではオレゴン州のほかにもいくつかの州で同じことが認められていますし、あるいはヨーロッパでは、スイスやオランダで認められています。

 しかし、日本では未だに、こうしたことを議論することすら、むずかしいのが現状です。そんな日本が、ブリタニーさんのこの一件をどう報道したか? 実は、ブリタニーさんは、日本で言うところの「安楽死」です。だけど、多くの新聞やテレビ番組が、「尊厳死」と報道をしました。彼女のニュースは、大きな反響が日本でもあっただけに、この間違った報道で、多くの日本人が「安楽死」と「尊厳死」を混同してしまった。私にはそれが、残念でなりません。

生徒Ⅶ なぜ間違った報道が起きたのですか?

長尾  新聞記者や、テレビのディレクターが、そもそも誤解していたのです。人の死を一度も見たことが無い、死について真剣に考えたこともない記者が記事を書いているので仕方がありません。
なぜなのか。答えから言いますと、日本語で言う「尊厳死」というのは、一言で言ったなら最期を管だらけで終わりたくない、過剰な人工的措置をされたくない、そして人間らしく、その人らしく最期を終わりたいということだと思います。
 それに対し、「安楽死」というのは、さきほど「殺す」という言葉が出ましたけど、医師が薬物を用いて、人工的に寿命を短くさせる行為を指すわけです。さてどうでしょう? ブリタニーさんの場合はどちらですか?

生徒Ⅶ 医師から薬を処方されたのだから、「安楽死」では?

長尾  その通り。ブリタニーさんは、日本語で言うところの、「安楽死」です。自然の経過に任せたのではない。事前に医師から処方されていた薬を飲み、自ら自宅で死んだのです。しかし、日本国内では、NHKのニュースをはじめ、影響力のある大手メディアが、「尊厳死」と紹介をしたのです。私から言わせれば、めちゃくちゃな報道をした・・・

生徒Ⅳ どうしてそんなひどい報道がされたのですか?

長尾  これどういうことかと言いますと、日本語で言う「尊厳死」っていうのは、欧米で言うところの自然死です。自然に経過に任せるのは、当たり前の終わり方。当たり前のことだから、日本語の「尊厳死」にそのまま該当する言葉が存在しないのです。
 しかし、ここからがややこしい。ブリタニーさんが書いたコラムのタイトルは、こうでした。
 「My right to death with dignity」

長尾 「デス ウィズ ディグニティ」……・ディグニティって、日本語に訳すと、「尊厳」という意味になる。つまり、ブリタニーさんのコラムのタイトルをそのまま訳すと、「尊厳ある死ができる私の権利」というような意味になります。だけど、これは、日本語の意味から考えると、「安楽死(相当)」なのです。
 直訳での言葉の意味と、日本語として定着している言葉の意味に、大きなギャップがあった。ここが、混乱を招いたおおきな要因です。では、このブリタニーさんの件について、どんな意見でもかまいません、何か意見がある人はいますか?

生徒Ⅷ そんなに是非を騒ぐほどのことではないと思います。

生徒Ⅴ 個人の想いを否定しても、あまり意味がありません。

長尾  なるほど。他には?

生徒Ⅶ もう少し、別の道もあったのではないでしょうか?

生徒Ⅱ 本人に選択の権利があるということは、いいことかと……。

  (続く)

(参考文献) 「長尾和宏の死の授業」(ブックマン社)