「死」の選択肢は、多いほうがいいのか?
長尾 いろいろな意見が出ましたね。いま、「選択の権利がある」という言葉がありました。確かに、今の日本では、こうした選択の権利が存在していません。「安楽死」は自殺ほう助罪で、医師はもちろん犯罪となります。許されるわけがありません。
しかし、自然に経過を任す、「尊厳死」もしくは、私があえて用いている言葉「平穏死」までが、法的には、グレーであるのが日本の現状です。
先ほど、平穏死・自然死から安楽死までは、実は連続した概念と申し上げました。それを図式化したのがこれです。欧米と日本では、大きく温度差があることがイメージできるのではないでしょうか。
もし私がブリタニーさんのような状況の方に、死ねる薬を処方したら、ただの殺人罪、自殺ほう助罪、刑法で罰せられます。刑務所に入れられて医師免許も剥奪されるわけです。
日本でも7割の人が「安楽死」に賛成って…?
このブリタニーさんの報道の直後に、ある有名週刊誌が、読者アンケートを取りました。「あなたは尊厳死や安楽死に賛成ですか?」という質問です。すると、約7割弱の人が、「安楽死にも尊厳死に賛成」と答えたのです。ちなみに、「安楽死には反対だが、尊厳死には賛成」と答えた人は、2割弱でした。
これには驚きを禁じ得ませんでした! だって、日本では「尊厳死」さえ法的にはグレーなはず。国会の中でも議論も10年あまり停滞しているのに、です。
先ほど意見が出たように、ブリタニーさんの報道を見て、多くの人が、「死に方には、もっといろいろな選択肢があっていいんじゃないか」と思うようになったのか、それとも、メディアの誤った報道のせいで、そもそも定義を混乱させているのか……
どちらにしても、これは見過ごせない事実です。
生徒VI ブリタニーさんは、29歳という若さで自分の最期の日を決めたところに意志の強さを感じました。明日も生きられたかもしれないという希望がありながらも自分の命の期限を決断したのは、周りの理解があってできたことだと思います。
長尾 なるほど、ブリタニーさんに肯定的な意見ですね。では、私はそうは思わない、という人はいますか?
学生IX 「余命半年」と言われたからといって、本当に半年後に死ぬとも限らないし、もっと、1年でも10年でも生きられるという可能性もあったわけですよね? もっと他の道を考えて、周りの人と充実した生活を送れる可能性もあったんじゃないかといます。
学生X たとえば余命告知をされてから死ぬまでの間に、死を受容するいくつかステップがあるじゃないですか。その時に、うつ状態に陥る期間とか、身体的にシャットアウトする期間に、安楽死の医者に行ったら。そしてもしタイミングを間違えて死ぬための薬を処方されてしまった場合、それは精神的にある意味、病気の状態で、かつ身体的にも病気の状態で、そういう状態で下した自分の決断する、ということは、踏み誤ることにもなるのではないでしょうか。
そこに怖さを感じます。
(続く)
(参考文献) 「長尾和宏の死の授業」(ブックマン社)