《長尾和宏の死の授業 in 東京大学・11》
スピリチュアルペインがよく分からない
生徒V 四つの痛みは習っていましたが、スピリチュアルペインを一番初めに考えるという発想は初めて知りました。
長尾 私はそう思うけど自信はないな。こんなことは私しか言っていないし。
それくらい、「肉体的痛み」を取ることだけが緩和医療だと思っている医療者が未だ多いということかな。
でも正直、私も魂の痛みってやつは、よく分からない。
しかし、WHOの緩和ケアの定義には、ちゃんとこう書いてあるのです。
※世界保健機関(WHO)の緩和ケアの定義(2002年)
緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと対処を行うことによって、苦しみを予防し、和らげることで、QOLを改善するアプローチである。
長尾 私なりに緩和ケアを定義すると、以下になります。
「緩和ケアはすべての病気の体と心の痛みを癒す技。すべての医療の基本」
緩和ケアは、何も末期のがん患者さんだけのものではない。
すべての病気において、早期から求められるものです。
しかし、緩和ケアは医療者にもまだ十分に知られていない気がする。「緩和ケア? 私は医療だから、介護は関係ないよ」とか「私はがんはやっていませんから、関係ありませんね」と言われたこともある。
実は、患者さんがいい医者を見分けるコツは簡単ですよ。緩和ケアにどれくらい関心があるかどうか、医者に直接尋ねてはどうかな。「私は関係ない」と即答されたら、主治医を代えたほうがいいかも。
生徒II しかし、WHOの定義にあるような、「スピリチュアルペインを早期に発見せよ」と言われても、具体的には、スピリチュアルな問題というのは、医療者はどのように発見できるのでしょうか? 現実には難しそうです。
長尾 たしかに難しいかも……
では、イメージしてみてください。患者さんが、スピリチュアルな痛みを言葉で表現するとき。どんなふうに言うと思いますか?
生徒IV ……思い浮かびません。
長尾 皆さんも、20年以上も生きてきたのだから、一度は呟いたことがある言葉でしょう。
「もう、死にたい」
これがキーワードです。
私は毎日、何人かの患者さんのご自宅を訪問しています。患者さんの中にはたまに、「もう死にたい。殺してくれ」と訴える人がいます。
まだ終末期とは思えない患者さんの中にも、そういう方がいます。長い闘病生活に疲れ果て、希望が見えなくなって「うつ状態」に陥っている場合が多い。
「スピリチュアルペイン」と「うつ状態」は切っても切り離せない関係にあると思います。壊れたオルゴールのように、ずっと「死にたい、死にたい」と言い続けて、家族が疲れ果てているケースもあります。
「もう、死にたい」と言われたら、どう答えるの?
生徒I 「死にたい」と言われたとき、長尾先生はどういうふうに答えるのですか?
長尾 「大丈夫ですよ。もうすぐ死ぬからね」と答えます。(笑)
生徒I えっ!?
長尾 「人間は、100パーセント死にますから、あと少ししたら、あなたも確実に死にます。だから心配しなくても大丈夫ですよ」と返すのです。
生徒VIII 患者さんは、怒りませんか?
長尾 怒りませんね。笑ってくれる。それと、こうも付け加えます。「だけど、私が先に死んじゃうかもしれないよ。そのときは私の葬式に、貴方、必ず来てくださいね」と。すると、患者さんも家族も、笑ってくれる。
人間が、笑うとき。それは、痛みが緩和された瞬間でもあるのです。
(続く)
(参考文献) 「長尾和宏の死の授業」(ブックマン社)