《1800》 欧米人は平穏死を知らない!? [未分類]

「長尾和宏の死の授業 in 東京大学」

私は「安楽死」に反対している

長尾 私がここまで、長々と緩和ケアの問題について語ってきた理由が、先ほどのチリの少女のニュースを通して少し理解いただけたかと思います。なぜならば、「安楽死」「尊厳死」と緩和ケアの話は表裏一体のものだからです。

生徒Ⅲ 緩和ケアが存在しない国って、どういうことですか?

長尾 つまり、そこまで財政が回らないということでしょう。緩和ケアというのは、高度医療の一環でもあると私は思っています。延命治療も、もちろんその一環です。国民の誰もが一定の高度医療が受けられるというのは、すなわち、その国の経済が発展しているからなのです。だから、財政が逼迫している国では、国民の誰もが充分な緩和ケアが受けられるわけではないし、そもそも、「安楽死」についての議論が沸騰するはずがありません。日本には世界に冠たる国民皆保険制度があります。誰もが医療を受けられるのが当たり前だと思っています。しかし、国が違えば、日本では当たり前のことが当たり前ではなくなる。実はアメリカは、国民皆保険制度がない国です。貧富の差で寿命が変わってしまう場合がままあるということです。
 誤解している人も多いようですが、私は、安楽死法ないし尊厳死法の通っているアメリカやヨーロッパの国々を賞賛しているわけではありません。それぞれの国に違った経済背景があり、また、文化も違います。疑問を感じる海外の法律も多くある。ちなみに現在、海外では、「安楽死」といっても二つの方法が存在します。

【安楽死】には、二つの方法がある!
★1 医師が直接、安楽死を希望している患者さんに注射などを用いて薬を注入し、死亡させる方法
★2 安楽死を希望している患者さんに、いつでも死ねるように薬を処方すること。つまり、患者さんの死の瞬間に医師は不在であってもいい。
*このことをPAS(physician-assisted suicide)とも言う。

生徒Ⅵ つまりブリタニーさんは、★2の方法ですね。

長尾 そうです、オレゴン州では、★2の方法が合法化されており、★1は認められていません。そして、日本ではもちろん、★1も★2も存在しません。もし日本の医師が同じことをしたら、自殺ほう助罪で逮捕、医師免許は剥奪されます。

生徒Ⅴ しかし長尾先生は、★2には賛同できるということですか?

長尾 とんでもない! 私は、どちらも賛成ではありません。いくら法律で認められているからといって、医師が毒物を用いて患者さんの死を促すなんて、私には考えられないこと。もちろん、先にお話しした<日本尊厳死協会>も、どんな方法であれ、「安楽死」には反対する立場にあります。

欧米人は平穏死を知らない!?

生徒Ⅲ ★2のことを、physician-assisted suicideと言うならば、★1の安楽死の方法は、英語でなんて言うのでしょうか?

長尾  アメリカの州によっても、ヨーロッパ各国によっても、言葉の使い方はそれぞれ少しずつ違うように思います。physician-assisted suicideも、人によっては、physician-assisted deathと言ったりします。決して★2に限定された言い方とは限りません。ただ、どちらも、death with dignity に含まれる言葉として使用されています。もうひとつ、euthanasiaという言葉も使われます。ギリシャ語が語源の言葉で、直接的には「良い死」という意味になりますが、日本語ではこれも安楽死ですし、殺人罪に問われます。言葉の使い方が、相当にややこしいことだけはおわかりになると思います。
 こうした言葉によるよけいな混乱を招かないために、私は自分の本では、「平穏死」という言葉を使っているのです。
 だけど実は、自宅で枯れるように自然に亡くなる方法=平穏死があるということを、欧米人の多くの人は知らないようです。ですから私は、「お・も・て・な・し」同様、「へ・い・お・ん・し」も日本が誇れる文化のひとつとして、世界に広めていきたいと考えています。昨年の夏にも、シカゴで「平穏死」についての講演を英語でさせてもらいました。

生徒Ⅰ なぜ欧米の人達が平穏死を知らないと思われるのでしょうか?

長尾  ここまでお話してきた中にその答えはあります。国民皆保険制度も、在宅医療制度も、日本ほど優れた緩和ケア技術も欧米には存在しないからではないか。逆説的に聞こえるかもしれません。日本は自宅で平穏死できるのに、病院での延命死を選ぶ人が多い。一方、欧米では平穏死を待つことができないし、それを支える制度も無い。日本は世界一素晴らしい医療制度に支えられているからこそ、平穏死という死に方が可能なのです。

 (続く)

(参考文献) 「長尾和宏の死の授業」(ブックマン社)