《長尾和宏の死の授業 in 東京大学・15》
日本はいいよね、自殺が許されているから……
長尾 「安楽死」の問題を考えるときは、日本と欧米の宗教の違いも意識しなければなりません。
キリスト教圏内では多くの国が、基本的に自殺は「罪」と考えています。宗派によっては、自殺で死んだ人は地獄に落ちるとされるし、自殺者の場合は、葬儀さえも挙げられない国もある。
仏教を基盤とする日本の古からの文化では、自殺はそこまで否定されるものではありません。ですから、先ほど述べたシカゴでの学会でも、アメリカの医師からこんなふうに言われもしました。
「日本はいいよね。自殺が許されているからさ。わざわざphysician-assisted suicideする必要はないだろう」と。
もちろん私は、自殺を肯定した講演をしたわけではありません。だけど、海外から見ると、日本は自殺に肯定的な国と思われています。
生徒VII では、ブリタニーさんは……。
長尾 彼女のようなケース、つまり★2の方法で亡くなった場合は、自殺者としてはカウントされないそうです。もちろんブリタニーさん自身も、そうした背景を意識したうえでの選択だったと思います。日本と違い、宗教的に自殺が御法度であるから、死を手助けしてくれる人や場所がより必要となってくるのではないでしょうか。
3年前の夏、私はスイスのディグニタス(Dignitas)を視察に行きました。ディグニタスとは、スイスで1992年に設立された安楽死団体の名称です。
チューリッヒから車で1時間あまり。見かけは、長閑な2階建ての一軒家まで出かけました。ここはスイス国内、いや、場合によっては近隣のヨーロッパ諸国から、安楽死を求めて「死にたい」人がたどり着く家でした。
チューリッヒ大学の研究者の調査によれば、2008年から2012年のあいだに、計611人が安楽死を求めてスイスに渡航をしているそうです。平均年齢は69歳。女性6割、男性4割。国別の渡航者の割合は以下の通りです。この表の上位のドイツ・イギリス・フランスでは、自殺ほう助は犯罪となります。
日本人はまだ行っていないようです。ほっとします。
もちろん、誰でも自由にここに来られるわけではありません、まずはディグニタスの会員となり、本当に本人が余命宣告を受けた終末期であるかどうかの然るべき書類審査をパスした人しか、ここに入れないのです。
4泊5日、100万円で自殺できる家
生徒III それは、末期がんの人に限定された審査ですか?
長尾 いいえ、そうとは限りません。同チューリッヒ大学の調査によれば、神経疾患の人が最も多くて5割弱、続いてがんの人が4割弱、他にリウマチや心臓疾患の方も訪れているようです。
入所してからの予定は以下の通りです。もちろん、途中で決断を変更する人もいるでしょう。だから、医師は4泊5日のあいだに、2度、意思確認をするのです。
1日目 入所手続き
2日目 医師の面談
3日目 考える時間
4日目 再度、医師との面談の時間(意思の再確認)
5日目 処方された薬を飲んで、死ぬ日……
5日目には、家族や仲間と一緒に過ごす人が多いそうです。お別れパーティーをする人もいます。ワインを飲んで、死ぬための錠剤を口にするのです。
生徒VII お金はどれくらいかかるのでしょうか?
長尾 3年前に私が取材した限りでは、日本円に換算すると、諸費用一式で、およそ100万円でした。高いと思いますか? それとも思ったより安いかな?
一緒に視察に行ったカナダ人の女性医師は、こうつぶやきました。
「私はわざわざこんなところに来て死ぬのではなく、自宅で死ぬわ」
私自身も同じように思いました。死ぬ場所は、自分の匂いがついた蒲団や枕がある場所のほうがいいなと。
(続く)
(参考文献) 「長尾和宏の死の授業」(ブックマン社)