抗がん剤、〝ちょっとだけ〟使うはアリ?
Q. 長尾先生と近藤誠さんの共著『家族よ、ボケと闘うな!』を読みました。
その中で、抗認知症薬を製薬会社が掲げる規定量よりも少なく使うほうが良い場合もある
というようなことが書いてありました。
これは、抗がん剤にも同じことが言えませんか?
現に、「少しだけ使ったほうがむしろ延命効果がある」という本を書かれている医師の方もいます。
量が多すぎて、よけいに免疫機能が落ちて副作用に苦しむという場合があるのでは?
そして、主治医に「規定量より少なくして」と言ったら調整してくれますか?
A. その近藤誠さんとは、認知症で有名な愛媛県西条市の役人の近藤誠さんでして
元・慶応大学の近藤誠さんではないので、くれぐれもお間違いのないように。(笑)
しかし抗認知症薬の少量投与に関心を持って頂きありがとうございます。
あまりにも、抗認知症薬の薬害が多いのであきれかえっていたところです。
実は、先週末の日本在宅医学会において「新しい認知症医療」という演題で
抗認知症薬をさじ加減で使うことについて、1時間お話しさせて頂いたばかりでした。
同様な発想で、抗がん剤の少量投与についてはどうだ、というご質問かと思います。
抗認知症薬の場合は、さじ加減がなにより大切です。
脳という臓器は、神経細胞の連携によるネットワーク臓器です。
アセチルコリンという神経間の伝達物質を上げる薬の効果には、大きな個人差がある。
人によって100倍以上の個人差があるのは、医療用麻薬をみわたしても同様です。
ですから、至適用量を探し当てる(タイトレーション)という作業が必須のはずです。
しかし、現実には国が決めた増量規定に盲目的に従っている現実の誤りを指摘しました。
さて、抗がん剤の少量治療の是非については、昔から議論されてきて現在も同様です。
抗がん剤のさじ加減は、抗認知症薬のさじ加減と考え方が少し異なるかもしれません。
抗がん剤の最大の問題は、なんといっても副作用です。
副作用さえなければ、大量に使えば効果があるのですが、現実にはそうはいかない。
がんは小さくなりました、しかし死にました、では、
抗がん剤をやる意味は全くなく、犯罪に近いとさえと考えます。
そこで、副作用が出ない通常使用量の10分の1を使ってみては、という考えがある。
そしてがんを全滅させることはできなくても、「共存」できれば十分ではないか、と。
なるほど、一見、とても理にかなった素晴らしい考えです。
実際、25年前の話ですが、同じステージⅣの胃がんの患者さんにシスプラチンを
A医師は、100mgで使い
B医師は、10mgで使うという現場で、私自身も勤務医として働いていました。
医者どうしが行う少量投与の治験に私も参加して、10mgを何人かに使ったことがある。
そして開業後も、10mgという少量投与を外来や在宅でやっていた時期もあります。
治療効果については、正直、よく分かりませんでした。
おそらく何千という症例でちゃんと検討しないと、科学的根拠は得られないのではないか。
書籍やネットを見渡すと、少量投与をやっている医療機関が結構数、存在するようです。
個人的には副作用がほとんど無いので悪くない方法だと思いますが、一般的ではありません。
がん治療を専門とする医師に最近、少量投与について聞きましたが全員、否定的でした。
結局、私が知る限り、四半世紀以上、結論が出ていない課題であると思っています。
「抗がん剤の少量投与」や「がん休眠療法」を掲げる医療の満足度は高いように感じます。
ただし、本当にその満足度に見あう効果があるのかどうかについては不勉強で、知りません。
ひとつだけ指摘しておきたいことがあります。
少量投与は実は「集患」のためで、実質は高価な健康食品や免疫療法の併用に
誘導されるというケースも混在しているようですので、しっかり見分けてください。
医者の中にも、がん患者を食い物にしている悪い輩がいます。
患者さんのがん医療への不満を聞いていると2つのタイプがあります。
1) 善意ないし無知から来る過剰医療
2) 悪意にあふれた過剰医療ないしえせ医療
私は本稿で、1)について書いています。
2) は論外なので、触れていません。
問題なのは、1)にみせかけて、2)の場合があること。
両者の鑑別は、案外「かかりつけ医」に聞いたほうが早いかもしれません。