《1844》 がん宣告を待つ人の最初のハードル [未分類]

インターネットの発達で、がんに関する情報が簡単に入手できる時代になりました。
しかし情報が多すぎて、かえって不安が増大するという場合もあります。

患者さんはがんかどうかを気にするが、医者はステージのほうが気になる。
「ステージ」とはがんの進行度であり、そのまま助かる確率のことにもなる。

がんとステージがだいたい確定したら、次は病院選びということになります。
がんは初回治療が大切なので、結婚相手選びくらいの覚悟で臨んでください

ポイント

  • いまどきの患者さんは先回りしてネットでがんの情報を集めている
  • しかしネット情報が患者さんを過度な不安に陥れている場合もある
  • 胃がんの場合、ステージⅠでも胃を全摘することがある
  • 病院選びは医者任せではなく、患者さん自身にもよく考えて欲しい
  • 長い付き合いになることが多いので様々な観点から慎重に選びたい 

葛藤の一週間をどう過ごすか ――がん宣告を待つ人の最初のハードル

私が〝がん〟だとまだ一言も言っていないのに、最近の患者さんはステージを聞き出そうとする。
おそらく信夫さんも、こうして大嫌いな医者のもとにやってくる前に、インターネットで何度も検索したはずである。

胃がんの症状がどれだけ自分に当てはまるかを、だ。
そして同時に、自分が胃がんだとしたら、どのステージにいるのかも、とことん調べたはずである。
しかし、私が今ここでそんなことを言えるわけがない。

――わかりません。〝悪性〟かどうかもまだわからないのに、わかるわけがありません。
病理所見もまだ出てはいない。それにね、鈴木さん。
仮に〝悪性〟だったとしても、ステージがすべてではないのですよ。あくまでも目安としてお考えください。

ステージⅠでも胃を全摘することもあります。
逆に言えば、ステージⅡであっても、腹腔鏡を利用して手術するケースもあるのです。
ステージのほかにも、〈悪性度〉というものがあるんです。
ステージは、がんの進行の度合い。そして悪性度は、細胞のタチの悪さを表します。
ステージと悪性度、両面から治療方針を考えていくものなのです。

「ステージⅠでも、全摘!?」

 ヨリ子さんは小さな悲鳴をあげた。それはそうだ。
何十年も愛情をこめて朝に晩に食事を作り続けてきた家人の胃袋が、もうすぐ手術で奪われるかもしれないのだから。
しかしこれはまだプロローグにすぎない。
私は一週間後に、おそらく決定的なバッドニュースを伝えねばならないだろう。

――とにかく一週間後に、また。ヨリ子さんも頼みますよ。東京で待っているお嬢さんには申し訳ないけれど。
お嬢さん、幾つになられましたか。27歳? そんなに大人になられたんだ。アトピーが出なくなってよかったな。
ベッピンな娘さんだったから、東京で一人暮らしをさせるのはお父さんも心配でたまらんでしょう。
もう恋人もいるんちゃうか。東京のどこに住んでるの? 新宿? ああそうですか。
いいところに住んでいますね。私が青春時代を過ごした街ですよ。

少しだけご夫妻から笑みがこぼれる。
ここから夫妻がともに葛藤(かっとう)し続ける一週間が、始まろうとしている。
これが、がん宣告を待つ人の最初のハードルである。

「先生、もう一つだけ聞かせてください。
もし私が来週再びここに来てがんだと確定した場合。私はどこでどうなっていくのですか?」

――まずは設備の揃(そろ)った大きな病院に行ってもらうことになります。
そこでもう一度、精密検査を受けられて、場合によっては手術、そして抗がん剤治療などもやることになるでしょう。
場合によっては放射線治療も。手術、抗がん剤、放射線治療。これががんの三大療法になります。

「大病院は、長尾先生がご紹介してくれるのですね?」

――もちろん、紹介状は私が書きます。病院選びはとても大切なんです。

ですから最終的には、ご自身で選んで決めてください。
私が紹介したからそこに行くということではなく、本やインターネット、お知り合いからの情報を集め、
また自分でもいろいろ調べられて、ここなら自分のすべてを任せられると、信夫さんが心から納得できるところでないとダメです。

「いいえ、長尾先生が紹介したところならどこでも」
ヨリ子さんがすがるように仰る。

――いや、ヨリ子さん。病院選びは、結婚相手を選ぶのと同じくらい大切なんですよ。
いくら私がいいと思って勧めても、信夫さんが「ここなら」と納得されなければ、そこはご本人にとって
安心して命を預けられる病院にはならないのです。

あと通院の利便性や、今までのご縁のある病院など、さまざまな方向から考えてください。
この一週間で、ご家族でよく相談されたほうがいいですね。

【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】

 アピタル編集部で一部手を加えています