がんが疑われてからがんが確定するまで、1週間程度の時間を要することが多い。
その間に、患者さんは青天の霹靂に驚き、葛藤の一週間を過ごすことになる。
どこの病院がいいのだろう?
もしかしたら死ぬんじゃないかな?
しかし10年かそれ以上前からがんは始まっていて、たまたま、いま見つかっただけ。
慌てずに「葛藤の一週間」を上手に使って欲しい。
ポイント
- がんと確定するまで1週間程度の時間を要する
- その間に患者さんは様々な葛藤に悩まされる
- 人生で初めて「死」を意識する人もいる
- 今まで考えたこともなった非常事態に対峙(たいじ)しなければならない
- しかし「考えて」、「選んで」、「待つ」時間は結構貴重な時間である
葛藤の一週間とは、実は選択の一週間でもある
一週間後にがん患者の〝候補〟から、正式にがん患者に〝確定〟する。
その心の準備をしつつ、これから待ち受けるさまざまな選択の道順をシミュレーションしなければならないのだ。
準備をするにはあまりにも短く、ただし葛藤を続けるにはあまりにも長すぎる一週間である。読者の中には、そんな残酷な猶予(ゆうよ)は与えずに、がんだとほぼ確定しているのならその場で伝えてやればいいじゃないか、
と思われる方もいるだろう。私も昔はそうしていた。病理の結果を急がせれば、本当は一週間とかからない。昔、初めて出会って一時間で、「あなた、がんですね」と伝え、「どこの病院に行きたいですか?」と
その場で紹介状を書いていた頃もあった。
そもそも私は気が短いので、患者さんだって一刻も早く知りたいはずだと信じて疑わなかったのである。若かったな、と今は思う。
50歳を過ぎて、歳をとるのも悪くないなと思うことのひとつに、待てるようになった、という感覚がある。
上手に治療をする、治療を受ける……医師にとっても患者にとっても、上手に「待てる」ことがその最大のコツである、
と今では思える。それでも未だ我がクリニックのスタッフからは「院長は短気だ」と叱られる日々ではあるが。
しかし、考えてもみてほしい。がんというのはある日突然発生するものではない。
最初は顕微鏡にだって見えないほどの小さな細胞の変化から始まる。直径一センチのがんができるのに三〇回の細胞分裂が起こる。
細胞の数でいったら、なんと一〇億個あまりの細胞で構成されているのだ。胃カメラやエコーで見える大きさになるまでには十年、
否、下手をすると四半世紀近い時間が経っている。鈴木信夫さんの場合も、胃がんが最初にできたのは、おそらく娘さんが生まれるか生まれる前かの話だ。
十年や二十年も前から自分の身体にいたものが次第に大きくなり、体調に変化が現れて今日、ようやく発見されたということだ。
何十年も放っておいたのだ。初めて町医者を訪れてから正式な診断が確定するまで一週間待つ、一週間葛藤するということが、
どれほどの時間だというのだろうか。一週間という時間は、大きな選択をする前に考えるにはちょうどいい時間。
だからあえて病理の結果を急がせることを、しなくなった。この一週間の過ごし方が、次の生き方を決めると言ってもいい。
もちろん人それぞれあると思う。とことん話し合える家族もいれば、突然無口になって、遺書を書き始める人もいるだろう。
仕事の引き継ぎを始める方もいるかもしれない。あるいは生命保険の見直しや、遠くから子どもを呼んで家計の相談をする方もいる。鈴木さんの場合は食欲がなくて無理だが、他のがんであればこれが食べ納めとばかりに前から行きたかった寿司屋や
すきやき屋で、旨いものを食べまくる人もいる。
具体的にさまざまな行動を起こすことによって、心の準備もついてくるというものだ。そうした行動の中で、自分の命を預けられる病院も漠然とイメージしていく作業が大切である。
つらい時間なのは重々承知である。しかしこれが、〝がん〟のいいところでもあると私は思う。脳や心臓の疾患であれば、ある日突然倒れて、場合によってはピンピンコロリ。
命は取り留めてもなんの準備もできぬままに手術、長期入院、そのまま病院から出て来られないことだって往々にあるのだから。
だからといって私は、どこかの本のタイトルのように〝どうせ死ぬならがんがいい〟とは申し上げられない。そんなことをがん患者さんに無邪気に言えるほど歳をとっていない。
蛇足だが、多くのがん患者さんを見てきた私個人としては、〝どうせ死ぬなら認知症のほうがいいな〟
と最近は思っているのだが。そう、この一週間は、俺は死ぬのか、死なないのか?
死を先送りにするためにはどうすればいいのか? と、
神と取引を行う時間でもある。私は一生懸命生きてきた、そんな私がどうしてがんにならねばならぬのか。突然人生のレールを変更せねばならぬのか。
だからどうか助けてほしい、と神か仏に祈る時間でもある。【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】
※ アピタル編集部で一部手を加えています