長く診ていた患者さんにがんが見つかり、専門病院に紹介すれば
ご縁が切れると思われている人がいますが、そうではありません。
病院の地域連携室を通じて、入院中の様子を知ることもできます。
私のクリニックにも、地域連携の専従スタッフが3人います。
患者さんが思っている以上に、町医者と病院は情報交換しています。
同じ電子カルテを用いている地域もあるような時代です。
がん治療で疲れた時には、近くのかかりつけ医に相談してください。
がん専門病院とかかりつけ医の二股をかけることは、悪いことではありません。
【今日のポイント】
- 病院と診療所は密接な連携を行い、医療情報を共有している
- だから大病院に行っても、町医者とのご縁は切れない
- 病気によっては専門病院とかかりつけ医の二股をかけても良い
大病院に行っても、町医者とのご縁は切れない
しばらく考えられたのち、鈴木信夫さんは自分の命を預ける場所を決めた。ヨリ子さんももう何も反論はしなかった。だけど納得はしていない様子。これから先、一家は信夫さんの治療を巡って本人の意思と家族の希望が相違し、何度も衝突するかもしれない。この間を取り持って調整することも町医者である私の役割でもある。
「それでは、Aがんセンターへ行ってみることにします」
――わかりました。紹介状を書きましょう。しかしね、家に帰ってからも、まだ迷われてもいいんですよ。ほかの病院がいいと思ったら、遠慮なく言ってください。私が書いた紹介状は、どこに持っていっても構わないのですから。
「わかりました。悩んでみます。そしてAがんセンターに私が通っているあいだも、何かあったら、また長尾先生に相談してもいいものでしょうか?」
――もちろんです。そのために私がいます。でもね、大病院に行けば、そこで担当される方が鈴木さんの主治医です。だから基本的には主治医の指示にしたがってください。そこで訊けなかったり、分からなかったり、悩んだりしたことがあれば私がいつでも相談に乗りますからね。気になることがあれば、いつでも。これでご縁が切れるわけではないですから。
これでご縁が切れるわけではない。
紹介状を書かせていただいた患者さんには、必ずこの言葉を申し添える。人によってはこの台詞は未練がましく聞こえるだろうか。しかしそういう意味(顧客確保という打算)で申し上げているわけではない。
紹介状をお渡しした瞬間に、「ああ私は長尾先生に見放されてしまった」と誤解された患者さんが、どうやら過去にたくさんいたらしい。もう二度と俺のところに来るんじゃないぞ、と言われたように受け取った人が。
あとでそれを知った時、悲しくてしかたがなかった。
医師と患者の出会いは、すべてご縁であると思う。星の数ほどいる医師からどんな理由であれ私を選んでくださったというご縁。せっかくのご縁は、願わくば永く続いて欲しい。がんが発覚した方を大病院に送り出すのも仕事だが、大病院での治療に闘い疲れた患者さんをその後支えていくのも私の大切な仕事なのだ。
そして翌週、鈴木信夫さんは、Aがんセンターの扉を叩いた。私が書いた紹介状を読まれた医師から、必ずその日のうちに地域連携室(大病院にある地域医療との連携を図るための部署。地域のかかりつけ医と大病院との役割分担の相談にも応じる)を通じて私のところに報告があるからだ。
これに関しては案外、知らない患者さんが多いが、紹介状を書いたクリニックの担当医と患者さんをバトンタッチした大病院の担当医は、地域連携室を仲介して連絡を取り合うことが義務付けられている。
第一報はたいていFAXでくる。この時代になってもメールということはない。誤送信を避けるためだ。まあFAXもそれはありえるが。報告はだいたいこんな内容である。
長尾クリニック院長 長尾和宏先生御侍史
貴院より鈴木信夫さん(58歳)をご紹介いただき、ありがとうございました。鈴木さんの胃の幽門部に5cm×4cmの3型胃がんを認めました。周囲のリンパ節への多少の転移巣が疑われます。組織型は低分化型腺がんで、ステージIIBと術前診断しました。本日、外科に転科し入院手続きを行います。
といったものだ。その後、報告書の原本が郵便で私のもとに届く。内視鏡やCT写真のコピーなど詳細な資料一式が、同封されて届く場合も多い。
低分化とは、がん細胞の悪性度が高いことを示す。ステージIIBとは、近くのリンパ節のへの転移が3~6個見られ、浸潤度は胃の筋層まで、というところか。進行がんの中では、まだ初期と言っていいくらいの状態だ。
胃がんの場合、ステージはⅠA、ⅠB、IIA、IIB、IIIA、IIIB、IIIC、IVの8つの段階に分けられる。ⅠAとⅠBならば、内視鏡で手術ができるケースも多い。そしてステージII以降は、ほぼ「進行胃がん」とみなされる。
鈴木さんの場合はやはり開腹手術となるだろう。全摘手術かな……3分の1、残せればいいが。胃がんの摘出手術の場合、基本的に全部を摘出する全摘か、3分の2を摘出する手術の二択となる。これは、胃のどこの部分にがんができているかによって決まる。予後の回復はそれほど変わらない。
重湯やお粥など消化のいいものを少しずつ摂取して機能を回復させていくしかないのだが、患者さんの気分は少し違うようだ。たとえ3分の1でも、胃袋を残したい、残せた、という結果に少しの安堵を覚える。
【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】※ アピタル編集部で一部手を加えています