《1853》 抗がん剤治療の「ライン」と「コース」 [未分類]

多くの抗がん剤治療は、外来で行われる時代となりました。
昔は長期間入院していたが、医療制度が全く違うものになりました。

最初に行う抗がん剤治療のことを「ファーストライン」と言います。
複数の抗がん剤が併用されることが多く「標準治療」とも呼ばれます。

がんの種類によってファーストラインはだいたい決まっています。
その時代に最も治療成績が良いとされるメニューで治療が勧められます。

がん治療における奏効率とは、がんの大きさが半分以下になることです。
がんが消えることでもなければ、5年生存率とも関係がない、短期的な効果です。

消化器領域のがんの場合、TS-1という飲み薬が広く使われています。
これは、4週間飲んで2週間休む、という変わった飲み方をする薬です。

それを、ワンコースと言います。
「ライン」とか「コース」は、患者さんには馴染みのない言葉かもしれません。

【本日のポイント】

  • 最初に行う抗がん剤治療をファーストラインという
  • 複数の薬剤を併用することが多い
  • 消化器のがんの場合、TS―1という飲み薬がよく使われる

 

外来の抗がん剤治療なら、町医者と二股をかけろ!

――病院と診療所はね、結婚と違って二股かけてもいいんです。病院はあなたにとってクライアントではない。むしろ、あなたがお客さんなのだから、選ぶ権利が当然ある。

「二股……ですか」

――「浮気」にはなりませんよ。もし気になるようでしたら、私からAがんセンターに手紙を書いてもいい。担当医に怒られるだとか、医者の顔色をうかがう必要なんて、一切ないのです。ここからの「抗がん剤治療」という長くてしんどい道のりを、どれだけあなたがしんどくないように過ごせるのか。ご本人は、それだけを考えていればいい。

 一般に「二股をかける」というのは悪い言葉として使われるが、私が言う「二股」は患者さんにとってメリットしかないと考えている。

 地域に根差した町医者を上手に利用し、少しでも元気になられて、しんどい抗がん剤の治療に患者さんが前向きになれたのなら、それは病院にとって嬉しい話であっても、困る話ではないはずだから。「サポートして頂いて助かりました」と担当医からメッセージをいただくと、私もほっとする。

 かくしてAがんセンターにおいての鈴木信夫さんの抗がん剤治療は、予定通り退院2週間後から開始された。

 現在、我が国において胃がんの抗がん剤治療には十種類くらいの薬が使用されている。その中で主役級といったら、TS-1(一般名:テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)とシスプラチン(CDDP:商品名ランダ、ブリプラチン)といったところか。

 鈴木さんは、TS-1を処方され飲み始めた。白いカプセル状の経口薬である。TS-1とは、日本の製薬メーカーが開発した抗がん剤であり、現在、主に直腸・結腸がん、胃がん治療を行っている医師の8割以上がこの抗がん剤を用いている。今までの経口剤に比べて、抜群に奏効率が高いというデータがあるのだ。

 数年前までは消化器系の抗がん剤の代表格といえば、5-FU(一般名:フルオロウラシル)であった。これは1956年にスイスで開発された薬であり、この薬を進化させたのが、TS-1である。5-FUより長時間体内に留まり、奏効率のデータもいい。副作用も5-FUより大きく軽減された。

 がん治療における奏効率とは、何か。

 ある治療法によって、がんの大きさが半分以下になり、その状態を1カ月以上維持する確率のことだ。決して、がんが消えてなくなる確率ではない。5年生存率ともまったく違う話である。これが抗がん剤治療の効果の目安になる。

 さらにTS-1は、シスプラチンという点滴タイプの抗がん剤と併用すると、より奏効率が上がることがわかっている。この二つの併用は、胃がんにおいて標準的な抗がん剤治療法である。

 昨今は、このように複数の抗がん剤を組み合わせる場合が多い。鈴木さんの場合も、まずはTS-1の単独でいくが、単独での治療の結果があまり芳しくなかった場合は、シスプラチンとの併用療法を勧められることになるはずだ。ただ、シスプラチンはよく効く分、副作用も大きい。そのときは、その副作用と対応について、私からも詳しくお話しすることになるだろう。

抗がん剤治療の「ライン」と「コース」

 あっという間に五月も半ばが過ぎた。

 鈴木さんは、抗がん剤治療を始められてからちょうど2週間後、私のところを訪れた。意外とお元気そうである。診察室に入るなり、にこやかに私に会釈してくださる。

「先生、今日は自宅から自転車で来てみました。家から15分で来ることができましたよ。ここに来ることがいい運動にもなります」

 3カ月前、初めて私のところを訪れたときに見せた“病院嫌いオーラ”はすっかり影を失せていた。病院嫌いだった方が、こうして自ら定期的に訪れてくれるようになるのは(いささか複雑な心境であるものの)担当医としては素直に嬉しいものだ。

 鈴木さんは抗がん剤治療ファーストライン、1コース目の途中。身体も心も、一番構えてしまう時期であろう。

 「ファーストライン」というのは初めてがん剤治療、つまり、1次治療のことだ。抗がん剤治療は続けていくうちに、必ず体内に抵抗性ができる。すると今度は、別の抗がん剤を組み合わせたり、新しい抗がん剤を使ってみたりという「セカンドライン」が医師から提案される。

 そして、「セカンドライン」の効果がみられなくなれば、次は「サードライン」というふうに、抵抗性ができたがん細胞と抗がん剤治療はイタチごっこを繰り返す。

 抵抗性だけではなく、相性というものもある。試してはみたが、最初からまったく効果が見られないこともままあるのが、抗がん剤治療の難しさだ。

 また、「コース」というのは、抗がん剤治療の単位のこと。以前は「クール」と言っていたが最近呼び方が変わった。鈴木さんのTS-1治療の場合、朝晩3カプセルずつ(1カプセル20mg)を4週間投薬で2週間の休み。これで1コースとみなす。つまり6週間で1コースが終了する。

「長尾先生、抗がん剤治療から2週間が経ちました。しかし、想像していたものよりもしんどくありません。少し怠いし、吐き気もありますが。これくらいならなんとかなりそうだと、今週から職場復帰をしました。今日はそのご報告も兼ねて。あと、1日に何度か、まったく体に力が入らなくて、トイレに立ち上がるのさえおっくうなこともありますが、まあ、これも耐えられるかなと」


【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】

 アピタル編集部で一部手を加えています