《1854》 抗がん剤のやめどき2―抗がん剤開始から二週間後 [未分類]

毎日のように抗がん剤についての相談を受けます。
全国どこに講演に行っても、抗がん剤の相談です。

「そんなに嫌なら止めたら?」と、思わず言いそうになります。
でもそんな答えでは、納得されないどころか、怒る人もいます。

「抗がん剤を止めたら死ぬやんか。長尾先生は死ねと言うのか?」
と逆切れされたら、もっと時間がかかります。

TS-1という飲み薬の抗がん剤は、大変広く使われています。
しかし副作用はあります。

ちょうど2週間目あたりから、副作用が目立つ人がいます。
そこが私が提唱する、第二番目の"やめどき"なのです。

ポイント

  • ・飲み薬タイプの抗がん剤でも、かなりきつい副作用が出る人がいる
  • ・自覚症状がある副作用と、無い(検査値だけ動く)副作用がある。
  • ・初回投与から2週間目が、第二番目の"やめどき"である。

「抗がん剤のやめどき2」――抗がん剤開始から二週間後

―― 力が抜けるような倦怠(けんたい)感というのは、抗がん剤の副作用としては、よくあります。

「TS‐1は今までの抗がん剤と比べて副作用を抑える成分が入っているから、副作用は少ないとAがんセンターのお医者さんは言いましたよ。がんは、後からなった者ほど得をするのですね。抗がん剤が進化しているのですから」

―― 後のほうが得をするかどうかということは、なんとも言えないけれども。たしかに抗がん剤というのは、昨年と今年でだいぶ製品が違ったりしています。同じ薬でも、グレードアップしていたりね。今は、いかに奏効率を高めるかと同時に、いかに副作用を軽減するかに重点を置いて各メーカーも凌(しの)ぎを削っていますから。TS‐1など、まさにその代表格です。ごはんは食べられていますか。

「はい。とはいっても、胃が三分の一しかないわけですから、昔の量はとてもとても食べられません。水さえもこんなに飲みづらいものだとは。私の大好きなカツレツやすき焼きはもう一生お預けかもしれません。まあ、今は食べたいとはちっとも思いせんがね」

食生活が優等生でも、がんになる人はなる

―― 食べられると思える時が来たら、たまには好きなものを食べていいですよ。体のためだけに好きでもないおかずばかり食べていては、元気が出ないでしょう。体というのは正直で、脳が旨いと感じたものを食べたときのほうが、免疫細胞の活性が上昇するというデータを出している専門家もいるほどです。食べられる量だけ食べて、無理せずに残していいんだから。

「そう言われるとまだまだ頑張れそうな気がします。せっかく胃がんが取れたというのに、食えんものも食わんようじゃ、つまらないですもんね」

―― その通りです。抗がん剤治療を続けているあいだに、まったく食欲がなくなることもあります。食欲が沸いた時は、美味しいものを食べてほしい。鈴木さんの場合は、せっかく外来で抗がん剤治療ができているのだから。入院して一日三度の病院食では、そうも言ってはおられんでしょう。そして大切なのは、今までよりもゆっくりと、よく咀嚼(そしゃく)して召し上がることです。

「営業マンの性(さが)でしょうか、私は、今まで食べるのが人一倍早かったように思います」

―― 忙しい人はどうしても早メシだからね。ゆっくり噛むことで唾液も多く分泌されて、消化を手助けしてくれます。一度食べ物を口にいれたら、三十回くらい咀嚼してから呑み込むことを心がけてください。
胃の摘出によって消化機能が落ちているから、食べ物を大きな塊のまま呑み込むと胃のカーブのところで詰まってしまう恐れがある。肉や魚もできるだけ小さく切ったものを食べてください。あと、タバコはもうスッパリとやめたほうがええよ。酒も、ビールをほんのちょっとくらいならいいけれど。二杯も三杯もやるのはよろしくないね。胃の摘出手術をすると、ゲップも出しづらくなるから、特にビールなどの炭酸は飲んだあと苦しくなることがあるし。

「私の食生活はそれほど偏(かたよ)ってはいなかったはずです。妻はえらく真面目に毎日料理していました。旨いかどうかは別にして、一日三十品目を食べなきゃならんとうるさいくらい言っていた。だからサラダやお浸しなんかで毎朝毎晩、葉物の野菜も緑黄色野菜も必ず摂っていました。週に何度かは玄米食を食わされたり。
私も妻も関西人やから、塩分摂取量だって日本人の平均値よりは少ないはずだ。自分なりに、規則的な生活を送っていたつもりです。酒だって週に二、三度は接待で呑んではいたが、それもふつうの男の平均値からずれてはいない。年に数回は、登山に出かけていたので、体力維持の面もなんとなく気にしていましたし……それなのに、なんで私は、胃がんなぞになってしまったのでしょうか、なぜ、この私が?」
 
鈴木さんは、モノローグのように過去の生活習慣を振り返っていた。一日三十品目、そして週に何回かは玄米食の食生活だなんてメタボ協会が聞いたら表彰ものであろう。昼も夜も看取りの合間にコンビニのおにぎりやラーメンばかりを二、三分で平らげる私よりも、よほど優等生だ。

――なぜ胃がんになるか? 明確な答えを誰も知らないし、今あるデータがすべて正しいとも言い切れませんしね。すべてが解明したら、きっとその人はノーベル賞でしょう。食生活に気を遣うのはもちろん予防にもなるし、予後にも必要なことですが、だからといってがんにならないわけではない。まあ、要因として鈴木さんの場合、長年吸われていたタバコはあると思う。しかしそれだけじゃない。ピロリ菌は現在日本人の50歳以上は半数が感染しているというデータもあります。もちろん遺伝的要因もある。胃がんの人のおよそ六割に、がん細胞の増殖を抑える遺伝子に異常が見られるという論文も発表されています。
人生なんて、誰もが不条理の連続でしょう。なんで私が? という不条理を受け止めて年齢を重ねていかなきゃならないのは、病人であってもそうでなくても、誰だって一緒だと思いますね。その不条理をひとときでも忘れるために酒を呑んだり、旨いものを食べたりするんじゃないんですか。だから、ちょっとだけなら酒も呑めばいいし、好きなものを食べてほしいと思うんです。医者らしからぬアドバイスかもしれませんが。

 その日の鈴木さんは、これも副作用の一つ、口内炎がいくつかできていたので軟膏(なんこう)だけ処方して帰られた。たしかに、TS-1に関しては今までの消化器系抗がん剤のどの経口薬よりも副作用が少ない。これが抗がん剤か!? と思うほどだ。
何よりも、こうした経口剤の抗がん剤のいいところは、外来治療で行えるということ。術後たった一ヵ月で抗がん剤を服用しながら通勤できるというのは、一昔前では考えられないことであった。何かつらいことや気になることがあれば、かかりつけ医として町医者である私を訪れればいい。抗がん剤治療が外来でできているからこそ、私もボクサーのセコンド的役割を親身になって担当できるというものだ。入院治療であれば、私は何も手出しができなくなってしまうから。
 繰り返しになるが、私の診てきたかぎり、胃がんの抗がん剤治療において、TS-1の副作用の軽さは特例中の特例である。他の抗がん剤であれば開始から二週間目というのは一つのターニングポイント、場合によっては、身体がどうしても無理、と悲鳴を上げはじめる〝抗がん剤のやめどき〟ともなる。

抗がん剤の副作用は二種類に分けられる

前述したが、いずれ鈴木さんもシスプラチンとの併用になるだろう。彼の場合、そこから大きく副作用が出てくる可能性もある。
 ここで、抗がん剤の副作用について、ぜひ覚えておいてほしいことを記そう。
副作用は大きく二種類に分けられる。食欲不振、口内炎、発疹、吐き気、下痢、色素沈着、脱毛など、「自分で感じる副作用」と、「血液検査で判明する(自覚症状のない)副作用」だ。〝抗がん剤のやめどき〟は、両者ともが重要な意味をなしてくる場合がある。抗がん剤治療において二週間に一度の目安で血液検査を行うのはそのためだ。副作用としての、白血球・ヘモグロビン・血小板の減少、その他、肝機能の数値の低下といったものが本当は恐ろしい。
TS-1の副作用で特に気を付けたいのが、骨髄(こつずい)抑制(よくせい)による白血球の減少だ。これは骨髄の中にある白血球が著しく減少していく状態で、重篤な感染症や合併症を引き起こす。
そもそも、なぜこのような症状が現れるのか?
毒物に対する動物として当然起こり得る生体反応である。腐ったもの、毒性のある食べ物を誤って摂取したとき、我々は懸命に体内からその食べ物を外に出そうと必死になる。副作用もそれと同じことなのだ。抗がん剤の毒性を、身体が拒否している証拠である。ただし口内炎は、手術前にもし余裕がある場合は、歯科医と相談し、きちんと口腔ケアを行うことでだいぶ症状が軽減されるはずだ。これから手術を考えている方は、ぜひ歯医者にも行って相談してほしい。


【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】

 アピタル編集部で一部手を加えています