一昨日、有志4人で「一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会」
なるものを立ち上げたので、厚生労働省内で記者会見を行いました。
がんやがん以外の病気と闘う人たちの痛みには
4種類あると言われています。
- 身体的痛み
- 精神的痛み
- 社会的痛み
- 魂の痛み
そのなかでも魂の痛み(スピリチュアルペイン)への対応については
総論はあっても各論は少なく、残念ながら臨床現場に充分に活かせていません。
一生懸命治療しても状態がどんどん悪化していったら、在宅医も怖いのです。
「もう死にたい」と言われたら、どうしたらいいのか分からないので救急車を呼びます。
そこで現場にいる我々が、より具体的な支援を言語化して、医師や看護職や
介護職への具体的対応の研修システムを作ることが、この協会設立の目的です。
穏やかな最期を希望する市民の会が「一般財団法人・日本尊厳死協会」であり
その願いを受け止めるプロ集団を育成する会が「一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会」。
6月20日には、第4回日本リビングウイル研究会が、
6月28日には、エンドオブライフ・ケア協会設立記念シンポが開催されます。
がん療養で、就労ができなくなることがよくあります。
抗がん剤治療を受けながら、仕事をするのは辛いことです。
退職を考える人が多いですが、休職という選択肢もあります。
疲れたら、ボチボチ休みながら治療を続けることもできます。
【本日のポイント】
- エンドオブライフ協会が設立された(長尾も理事を拝命)
- スピリチュアルペインに対応できる人材育成が始まった
- がん療養には退職だけでなく、休職という選択肢もある
「退職」ではなく「休職」という選択を!
次に鈴木信夫さんが私のところに来られた時は、尼崎の町は、蝉の残響さえも幻だったような秋の盛りを迎えていた。
TS-1の抗がん剤治療、4コース目が終了していた。体重は、先月よりも2kg落ちて、58kgに。目が落ちくぼんでいた。相変わらず食欲がなさそうなのは、お顔を拝見するだけでわかる。久しぶりに、今回はヨリ子さんが付き添われている。自転車ではなく、今日はタクシーで来られたそうだ。
「長尾先生、お久しぶりだったこと。私が付き添わないあいだにすっかり主人と先生が仲良くなったみたいで、なんだか不思議な気分やわ。先生、先日主人にステロイド剤の点滴を入れてくださったでしょ。あの後、少し食欲が戻りましたの。今日もやってくださるでしょう? たちまち元気になったって、主人も喜んでいたんです」
――それはよかったね。だけど今日は、鈴木さんの顔色が少しよろしくないようだ。それに熱のあるお顔をしていますね。体温を測りましょう。
39度近くあった。信夫さんの表情に力がない。抗がん剤、続けますよ――と前回私に宣言されたときには感じられた「何が何でも生きてやる」という強い生命力が感じられない。
「実は、下痢がひどいのです。まいりました。ほんの一口、ゼリーや果物を食べただけでも、15分後には水のような下痢を催します。この3日間は、一日の半分はトイレにいるような状態です。
下痢がおさまったと思えば、激しい吐き気に襲われます。食べた後すぐに、喉のあたりが熱くて痛くてしかたがない。外に一歩出るだけで、今まで感じなかった車の排ガスの臭いや花の匂いが強烈に感じられて、気持ち悪くて自転車どころではなくなってしまいました。そして、あまり眠れません」
聴診器でお腹を診ると、発疹も多く見られた。点滴を打ち、解熱剤、発疹のためのステロイド剤、睡眠薬の処方箋を出す。
――果物を召し上がるのはいいことですが、柑橘類など、酸っぱいものは避けたほうがいいね。食道も荒れています。胃を摘出した後は、食道で詰まりやすくなります。逆流性食道炎になっておられる。これはつらいはずだ。
鈴木さん、少し、仕事はお休みできますか。この状態で、無理して会社に行かれるのは心配ですね。
「しかし周囲に迷惑がかかりますから。そんな中途半端な働き方じゃあ」
――以前に、自分ががん患者として就労ルールのお手本になりたい、と言っていたでしょう。会社を退職せずに続けることももちろん大切ですが、しかし、這ってでも行かねばならないというのが、お手本にはなりませんよ。
どうです? 少しは不良社員になられればいい。会社の保険制度についてもきちんと調べられたほうがいい。傷病手当が出るはずです。
なんなら私が診断書を書きましょうか。気が引けるようでしたら、「がん闘病のため」と書かなくてもいいんですよ。現にいま、逆流性食道炎がおつらそうだし、熱があり、下痢状態が続いておられるのだから、その症状を書くだけだって、十分な診断書になります。
会社の休職制度を一度確認なさってください。仕事も抗がん剤治療も、続けるか、やめるかの二択だけではないんです。ぼちぼち休んで、気が向いたら続ける。そんな時期があったってええんじゃないですかね。
「私からもお願いします、少し休んでください」
――無理して会社勤めを続けて回復が遅くなるよりも、つらいときにぼちぼち休みましょう。鈴木さんの会社もそうだが、大手企業はともかく中小企業の場合は、まだまだ休職制度を整えていない企業が圧倒的に多い。しかし、小さいからこそ融通が利くことだってたくさんある。
就業規則がきちんとなくても、労災以外の私傷病で取得できる休暇・休職制度がおそらくあるはずです。有給休暇だってあるんとちゃうか。ここで遠慮していたって仕方ない。使えるものは、町医者でも、休職手当でも、どんどん使ってください。正当な理由で4日以上休んだ場合は、何かしらの手当を請求できるはずだから。会社でよくわからないことは、社労士さんにでも相談したらいい。
ヨリ子さんに深々と頭を下げられて驚く。
「お医者さんが、夫の給料のことまで心配してくれるなんて、なんだか嬉しいわ」
しかし私自身は、ある意味当然だと思っている。家族ぐるみで長期間お付き合いさせていただいている町医者だからこそ、そして先の見えないこんな時代だからこそ、ファイナンシャルプランナー的な要素も持ち合わせていたい。
誰かから必要とされる存在であり続けること
こうして翌日より、鈴木信夫さんは会社を休職されることになった。気力さえ出れば、いつでも復帰されればいい。
お金の面以外でも、がん患者さんにとっては退職と休職はまったく意味が違うと思う。がん闘病において、患者さんが思いのほかストレスになる要素は「自分が誰からも必要とされていない」と感じてしまうこと。これは患者さんにとって、「痛み」となる。
別に勤め人だけの話ではない。専業主婦の人でも、「お母さんはもう何もしなくてもいいよ。寝ていてくれ」と家族から言われることで、なんともいえない孤独感に苛まれ、病状が悪化してしまう人がいる。「どんなに簡単な料理でもいいから、お母さん作ったものが食べたいなあ」と言ってあげたほうが、本人の癒しとなる。
がん患者さんの「痛み」というのは何も、身体的な痛みだけではない。医療には、トータルペインという考え方がある。痛みには主に4種類あって、身体的苦痛・心理的苦痛・社会的苦痛・そして魂の痛み(スピリチュアル・ぺイン)がある。
会社に通えない、思うように仕事ができない、誰からも必要とされなくなった、というのは社会的な苦痛である。そしてこれらの痛みはそれぞれ独立してものではなく、相互的に作用するのだ。そして医師は、身体的な痛みだけではなく、トータルペインを診なければ本物の医師とは言えない。しかし残念ながら、日本の医学教育においてはここが置いてけぼりになっている気がしてならない。
【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】※ アピタル編集部で一部手を加えています