過度なストレスは、人間をうつ状態に追い込みますが、
抗がん剤治療の中でもそのようなことが起こり得ます。
自分を失い発作的に自殺を図る人もいます。
私の医者人生の中にも苦い記憶があります。
だからこうして書いているのですが、「うつ」を見抜くのは難しい。
実は、結構元気そうにみえる人が一番重症であることが多いのです。
施設ホスピスには精神科医やカウンセラーがいるところが増えています。
私自身は、できるだけお薬を使わず看護師さんにケアをお願いするばかり
うつ状態に陥ったら、とりあえず抗がん剤治療を中止すべきでしょう。
メンタルケア抜きで、がん治療を考えることはできません。
先週設立したエンドオブライフ・ケア協会も、実はこうした方々の
スピリチュアルペインに対応できる人材養成を目指しています。
私自身も結構なストレスの中、ずっと生活していますが、慣れました。
こうした馴化もあるので、亡くなるギリギリまで抗がん剤が続くのです。
【本日のポイント】
- 抗がん剤治療による「うつ」を早期に見抜くのは難しい場合がある
- 精神科医やカウンセラーに助けを求めるのも悪くはない
- うつの症状が出てきたら抗がん剤のやめどきか休薬の時
バカにしてはけない「うつ状態」
話をしているうちに、少しだけ鈴木さんのお顔が明るくなられた。抗がん剤治療を受ける中で、何もかもが嫌になり、あまりのしんどさに、もう死んでしまいたいと思う人もしばしばいる。
がん患者さんの実に4割近い人がうつの状態を経験するというデータもある。
あまりにも不眠や、やる気のなさを感じたときは、副作用ではなくて、うつ状態を疑ったほうがいい。早めに、心療内科やしかるべきカウンセリングに足を運ぶことも一考したい。これも大切な、抗がん剤のやめどきである。
がん治療で身体が悲鳴をあげれば、心だって悲鳴をあげて当然だ。ましてや鈴木さんも言っていたように、「再発」「転移」という言葉は、それまで頑張ってきた心の糸をプツンと切ってしまう可能性もあるのだ。日本ではまだまだ、がん患者さんの心のケアに関して無関心な大病院が存在するように思う。身体を治すことばかりに専念して、心を診ない。
だが昨今、病院によっては「集団精神療法」という治療を行っているところもある。今風に「がんサロン」や「がんカフェ」とも。腫瘍内科医ではなく、精神科医や臨床心理士、看護師さんなどが同席のもと、患者さん同士がお互いの不安やうつ症状を言葉にする療法である。
医師と患者さんの関係は、どうしても一方通行になりがちだが、同じ辛さ、苦しさを抱えている人同士が、専門家同席のもと話し合いの場を設けることで、うつ状態の改善を狙うものだ。また、同じ病院内に“一緒に闘っている”仲間がいると感じられるだけで、孤独感も和らぐ。しかしまだまだ、実践している病院は数少ない。Aがんセンターでは残念ながらこうしたシステムはなかった。
この日、鈴木さんは自宅に帰ってきてからほとんど眠れないと仰っていた。ステロイドの栄養剤の点滴をした後、軟膏と、睡眠薬の処方箋を出す。
――鈴木さん、TS-1とシスプラチン併用療法、しんどいのはわかります。しかし、休薬期間のあいだに、必ずや楽な時間も訪れます。いかにそこを有意義な人生に使うかを考えていきましょう。
翌週、東京から再びお嬢さんも駆けつけて、家族で伊吹山に日帰り旅行を楽しまれたという。その翌日に、ヨリ子さんが私のところを訪れた。
「長尾先生、お詫びしなければならないことがあります。ウチの娘が、勝手に先生のところを訪れたそうで、また大変に失礼なことを申しあげたそうで……本当にすみません、これだけ良くしてくださっている先生に、なんてことをしてしまったのかと」
――いえ、久々にお目にかかれて嬉しかったですよ。感情的にはなられていたけど、お父さん想いの優しい娘さんである証拠だ。
「なんだかお恥ずかしいですわ……それで、先生、実は旅行に出かけた際に、主人に本当のことを伝えたのです。『あなたは、再発しました。だけどあきらめずに頑張りましょう』って」
――ええっ? ヨリ子さんからですか?
「もう大昔の話ですが、結婚前に伊吹山に主人と登山に出かけて、プロポーズされた時に主人が言ったことを思い出したのです。『ヨリ子さん、一つだけ約束をしてくれ。僕と君とのあいだでは、どんなときも、嘘をつかないでいよう。いつも、本当のことを語り合う関係でいよう』って。
あの言葉を思い出した瞬間に、つい咄嗟に『あなた、ごめんなさい、驚かないで聞いて、今から本当のことを言います』と言葉が口をついて出たの。『再発したのよ。腹膜播種なんです。手術はもうできないの』と詳細を伝えました」
――信夫さんは、なんて答えられたんですか?
「ありがとうって言ってくれました」
――ありがとう?
「どうもありがとうって。そして、私と子ども達のために、このまま抗がん剤治療を続けるよ、とも言ってくれたのです」
【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】※ アピタル編集部で一部手を加えています