昨日5月31日は、世界禁煙デイでした。
タバコに関するイベントが世界中で開催されました。
タバコは、がんをはじめとする万病の元です。
寿命が10年縮まることがテレビで放映されています。
がん小説の主人公である鈴木信夫さんもタバコを吸っていました。
一人でも多くの人に禁煙していただくくのが、町医者の仕事だと思っています。
さて、鈴木さんの抗がん剤はセカンドラインからサードラインへ。
しかし体力が急激に低下して、在宅医療を依頼する時期が来ました。
と、書いたところでまったく同じ状況にある新規の患者さんから
在宅医療の依頼が舞い込み、大急ぎでこれから往診をいたします。
多くのかかりつけの患者さんでさえ、私が在宅医療をしていることを知りません。
なんとなくは知っていても、人ごとであると思っている方がほとんどです。
実際に家に伺うと、「先生が本当に家に来るんだ!」と驚かれます。
長年顔見知りのかかりつけの患者さんでさえ、在宅医療はそんな印象です。
まあ、医者は飾り(?)のような存在で、主役は看護師さんです。
在宅医療は訪問看護師さんのスキルで決まる、ことを知っておいてください。
世間の多くの人は、在宅医療は自分には関係ない、と心の中で思っているはず。
しかしおそらく、読者の皆様の半数程度が生涯の中で在宅医療を経験するはず。
でも、医者や看護師が家に来るとなると高いお金がかかるのではないか?
誰でもそう考えます。
しかし、国は在宅医療推進政策をとっているため、後期高齢者の場合ですと、
毎日医師や看護師が家に伺って医療処置をしても、月に12000円ポッキリです。
しかも末期がんの平均在宅期間は、約1カ月半とあっという間であるのが現実。
意外と知らない在宅医療の基礎知識を、この機会にでも知っておいてください。
そして鈴木さんのように、在宅医療への移行のタイミングあたりが、実際には
抗がん剤治療の“やめどき”になっていることが多いようです。
【本日のポイント】
- 外来通院から在宅医療に移行するタイミング、というものがある
- 多くの患者さんは移行に抵抗を示すが、医療費の心配はあまりしなくてもいいはず
- また移行のタイミングあたりが多くの場合、抗がん剤治療のやめどきになっている
鈴木信夫さんにとって、このタキソテールは残念ながら、ほとんど効果が見られないように私は感じた。むしろ、急激に鈴木さんは弱っていった。
1コース目のラストの投与時に、今までにないほどの倦怠感と同時に、背中を中心とした激しい関節痛を訴えられた。手足は火照るように、ヒリヒリと痛むようである。熱も38度台から下がらないと言う。下痢も一日中続く。粘膜が弱っている上に、激しい下痢を伴うから、腸からの出血も見られる。
ヨリ子さんに抱えられるようにして私のクリニックを訪れた信夫さんは、目も虚ろで、一人で歩行ができるような状態ではなかった。
―― 鈴木さん、ここでサードライン、やめるという手もありますよ。とりあえず、1コース終わられたのだから。今まで私が拝見した中で、今が一番、副作用が激しいようだ。
「はい、いえ、でも……またシスプラチンのときのように、辛くても続ければ、効果があるかもしれませんからね。無いと困るんでね。せめて、3コースくらい、までは、続けたいと、思っているんです」
――わかりました。そうであれば、提案があります。もしも次回も、自転車ではウチのクリニックに来られないようでしたら、在宅診療に切り替えませんか。
「ざいたく、いりょう、ですか? わたし、が」
――ヨリ子さん、タクシーでここまで往復したら、一回いくらかかる?
「2千円ちょっと、かしら」
――もったいないやん。2回往復しただけで5千円札が飛んでしまう。しかも、抗がん剤の副作用で排気ガスの臭いが辛いでしょう。どうですか。私はご存知のように、在宅医でもあります。在宅で、がんの患者さんをたくさん診ています。鈴木さんもきっと、これだけ副作用がしんどい状況ならば、在宅に切り替えてもいいかと思いますが。
「しかし、先生……いや、ええと」
信夫さんの声が少し上ずりながら口ごもる。
――なんでも訊いてください。
「せ、先生、ご自分の本で書かれていたやないですか。がん患者が在宅に切り替えるときは……その後は、残り1カ月半だと。先生、そういうことですか? 先生が私に在宅への切り替えを勧めるということは、私の寿命はあと1カ月半?」
――信夫さん、それは誤解です。私が本で書いた「がん患者さんは在宅に切り替えてからおよそ1カ月半で最期を迎える」というのは、あくまで平均値。末期がんで病院から紹介された場合と、鈴木さんのように早めに外来通院から在宅ホスピスへ移行した場合を比較すると、後者のほうが長いことがわかっています。
現実には、最期の最期まで病院でがんと闘う人が大勢います。あの世に旅立つ日まで抗がん剤治療を続ける人だってぎょうさんいる。一方、ある期間でギアチェンジをして自分らしく有意義な1カ月半を自宅で過ごすという選択もありますよ、という話です。
しかし、そんなつもりで鈴木さんに在宅医療を勧めているわけではない。通院から在宅に切り替えるタイミングがある。それは、自力で通院ができなくなったときだと私は考えている。
「ということは、今までどおりAがんセンターと二股をかけながら……」
――そうです。ただ、鈴木さんがこちらに来られるのではなく、私がそちらにお伺いする、それだけのことです。
「長尾先生、でも、主人はまだ50代ですのよ。在宅医療は老人がやるものでしょう。在宅をお願いするには、ちょっと若過ぎやしませんか」
――私の携帯電話には、在宅で診ている患者さんのご自宅の電話番号が何百件も入っていますが、20代の患者さんもいるし、赤ちゃんもいます。在宅医療は、決して高齢者だけのものではありません。
「でも、それは、もっと、重病な方でしょう。わたしはいま、たしかに休業、していますが、会社にだって、もうすぐ、ふく、復職するんだから……うっ」
そう言いながら、信夫さんは突然の下痢を催して、看護師に抱えられるようにして慌ててトイレへと駆け込んだ。そのタイミングを見計らい、私はヨリ子さんにこう切り出した。
――ご主人はああ言っておられるが、やはり在宅診療に切り替えたほうがいい。これから先のことを考えたらタクシー代だって馬鹿にならない。ヨリ子さんだってその方が楽なはずです。
「ええ、私もそうは思います。でも主人は、自力でクリニックに通院することをまだまだ頑張れる証のように考えているんじゃないかしら」
――それじゃあ、不意に私が押しかけたということではどうですか。近くまで行く用があったから、たまたまお宅に寄ってみたと。そうすれば自然に信夫さんも在宅診療を受け入れてくれるのとちゃうやろか。下痢と発熱の様子が心配だから、明日の日暮れ時にでも伺いますよ。ヨリ子さん、私と口裏を合わせてくれますか。
ありがとうございますと涙声で呟かれ、ヨリ子さんは一瞬で表情を変え、診察室を出ていった。
【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】※ アピタル編集部で一部手を加えています