《1870》 退院支援のおかげで家に帰れない!? [未分類]

現在の病院システムでは、退院する前に様々な手続きが必要です。
特に末期がんの場合「重症患者さんなのに家に帰す」と解釈されます。

退院調整、退院支援、地域連携室の看護師やMSWとの退院前カンファ
レンスなどで1~2週間、足止めをくらい、家に帰れない人がたくさんいます。

まあ、こちらも半分は帰ってこないことを経験的に知っているので
在宅医療の新規依頼を受けても、本当に帰れるのかなあ? と思っています。

めでたく退院できる人が半分くらいしかいない、ということは
家に帰れるだけでもかなり幸運な部類に入るのかもしれません。

そして家に帰った途端に食べだす人が沢山おられます。
家族も驚くくらい食べられるのが、“自宅効果”です。

【本日のポイント】

  • 退院支援で足止めをくらう患者さんがいる
  • 家に帰った途端に食欲がアップする人がいる
  • 家に帰りたいと思えば、早く帰ったほうが得である

 

退院支援で足止めをくらうことのもどかしさ

 2日後、鈴木信夫さんは“脱出”に成功した。

 脱出だなんて、オーバーな! と思う方も多いだろう。しかし、がん拠点病院から患者さんを退院させるには、本当にやっかいな手続きを踏まないといけない。患者さんが、家に帰りたいと言っても、そうそう帰してはくれないのだ。もうあなたに治療できることはありません、と言っておきながら。

 ましてや、がん拠点病院の中には、「地域連携室」というものがありながら、在宅医の紹介すらなかなかしないところもある。

 まずは、「退院支援」や「退院調整」というイベントが待っている。なんのことかわからない人も多いだろう。特にがん拠点病院において「退院したい」と患者さんが申し出たときに、患者さん本人とその家族、そして病院内の栄養士やリハビリ士、薬剤師などあらゆるスタッフが、「この患者さんを退院させても大丈夫か」という検討会を開くのである。

 介護は? 食事指導は? かかりつけ医は? お薬は? ……と、いろいろな方面からああでもないこうでもない、と何度も話し合っているあいだに、患者さんが退院を希望されてから2週間くらい足止めされることだってある。

 しかしはっきり言おう。終末期の患者さんの場合、退院支援や退院調整で足止めをくらっている時間ほど、無駄なものはない。

 最期を自宅でと希望されているのならば、残された一日一日がとても貴重な時間である。まさに「一日一生」。うまくいけば2週間は自宅で最期の時間を過ごせたはずが、退院支援の検討会が長引いたせいで、たった2~3日の在宅療養で終わってしまうこともよくある。間に合わなかった患者さんも大勢いる。

 しかしがん拠点病院は、間に合わなかったとしても、なんの痛みも感じていない。「状態が悪すぎたから、家には帰れなかったね」と言われて終わり。病院側は、状態の悪い末期がん患者を退院させることが異常だと思っている。そう思うこと自体が、在宅医にとっては異常事態なのだが。

 これはもう、入院ではなくて軟禁だろう。私だけではない。多くのベテラン開業医は、「退院支援なんて無駄だからやめてくれ」と心の中で思っている。

 私だって、できれば“脱出”なんてキツい言葉は使いたくはなかった。だが、残念ながらこの言葉以外、思いつかなかったのだ。

病院が「食べられない」と言っても、食べられる!

 鈴木さんは、「まだ退院できる状態ではない」と言い続ける看護師を振り切って、脱出ができた。そのまま自宅に戻られた。IVHポートからの人口栄養は免れたのだ。

 脱出されたその夜、私は、信夫さんのご自宅に駆けつけた。

 腹水がまた溜まっている。お腹をしんどそうにさすりながら、訪問看護師さんに抱えられるようにして、上体を起こした。呼吸するのが少しつらそうである。しかし、我が家に帰ってこられて多少リラックスできたのだろう。2時間前に、プリンをひと匙食べられたそうだ。

 そう、病院の医師が「もう食べられないよ」と言ったとしても、自宅に帰ればこうして食べることができる。妻のヨリ子さんの表情も、疲労感は漂うものの少し和らいだようにも思える。

 ソファに座っていた息子さんは、一切私と目を合わせようとはしない。“脱出”させたことに疑問があるのかもしれない。まあそれは仕方ない。Aがんセンターが不用意な余命宣告を家族にしたばかり。受け止めきれないのは当然である。

 そしてここから在宅ホスピスが始まる。自宅でも、いや、自宅だからこそ末期がん患者さん特有の身体の痛みを緩和することができるのだ。

「また、腹水が溜まってきました。長尾先生は抜かん方がええと言うけれど、ほんま、抜かんで大丈夫なんやろか」

――鈴木さん、なぜまた腹水が溜まってきたんだと思いますか? Aがんセンターで一度抜いたからなんです。抜いても抜いても溜まるんです。大丈夫、私を信じて。利尿剤を使いながら少し様子を見ましょう。尿から徐々に排泄されるから、水分を控えめにして5~6日も経てば、自然と楽になりますよ。

「そうですか。腹水は自然と抜けるものなんだ……先生、そしたらまた、抗がん剤治療もできるんですかね」

――さあどうかな。今の状態が楽になったら、また考えればいい。

 できませんよ、などと私は言わない。先日「やめたい」と言ったばかりじゃないか、なんて思わない。そう、がん患者さんはいつだって朝令暮改でいいのだ。抗がん剤を続けても不安。やめても不安。当たり前だ。そんな患者さんの心の揺れに向き合うのも、在宅医の仕事である。

 そして、もちろんご家族も同じように不安を抱えている。家族は本人よりももっとやっかいな心持ちである。不安を抱えながら、患者さんご本人の前では“演技”をしなければならないから。

“嘘”と“演技”は似ているようで違うものなのかもしれない。「あなたはまだまだ大丈夫。死を迎えるのはずっと先の話だ」と、絶望感、悲壮感を巧みに隠し続けながらにっこり笑ってあげること……それが家族というものだ。


【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】

 アピタル編集部で一部手を加えています