ファースト、セカンドラインまでは、いいとしましょう。
しかしサード、フォースとなると私にはよく分かりません。
頭の毛は抜け、肌は荒れ、口の中はザラザラです。
顔には広範囲にヘルペスが出て、汁が流れています。
そうなるともう食べられない。
食べられないと弱るから、と高カロリー輸液をする。
そんな状態でも抗がん剤を強要されている患者さんがいます。
意識朦朧状態でストレッチャーで抗がん剤を打ちに来させる医者がいる。
そんな医者はおらんやろう!
無茶言うなよ!
そんな書き込みを見ましたが、もしそれがお医者さんであるならば
あまりにも世の現実を知らない、浮世離れした立場の方でしょう。
私は今まさに、目の前にいるがん患者さんのことを書いています。
それがオカシイと思うので書いているだけで、他意はありません。
どこまでもやりたい、という患者さんなら、それでもいいでしょう。
しかしもうそろそろ止めたい、という人がいれば許してあげてほしい。
どんないい治療であっても、引き際が大切。
そこを間違えると後悔だけが残ります。
抗がん剤のやめどき その9 ―― サードラインを勧められたとき
サードラインという言葉を聞いただけで私は、少し辛い気分になる。自分だったら早々と諦めるかもしれない。ファーストよりセカンドの方が、そしてセカンドよりサードのほうが圧倒的に歩が悪い。
しかし宝くじの大当たりではないが、サードラインでも思いがけず効果が出る場合があり得る。がんとの闘いはやってみないと分からない、というところがあるのも真実だ。
がんの遺伝子がすべて分かり、抗がん剤が効く確率がよく分かっても、それはあくまで確率でしかない。すなわち、常に例外が存在するのが臨床医学の現場である。サードライン治療とは、その例外を求める旅なのかもしれない。
先日、サードラインについて、セカンドオピニオンを求めたいという人が来られた。私は「それは医学の命題というより、哲学ではないか」とつい本音を語ってしまった。サードラインという選択を受け入れるかどうかは、その人の人生そのものであると言っていいだろう。
中には、フォースでも、フィフスでもいいからトコトンやりたい、という人もいる。治らないと分かっていても、あるいは延命治療に過ぎないと分かっていても、最期の最期まで闘いたいのが人間の性なのかもしれない。
さて、鈴木さんの場合、腹膜再発 → がん性腹膜炎 → 慢性的な軽い腸閉塞に伴う体重減少などに悩まされながらも、なんとか抗がん剤治療を続けてきた。しかし、いったん下がった腫瘍マーカーの値は、もはや上昇が止まらなくなった。
そういった状態では、思考能力や判断能力は落ちる。できれば家族や親しい人が一緒になってサードラインの是非を考えてあげられるならば、とてもいい。鈴木さんの場合、家族の意見を尊重しながらサードラインをやることを自己決定された。
ファーストであれ、サードであれ、いったん乗った船から降りることは、実に簡単だ。病院に行かなければいいだけだ。キャンセルの電話一本で船から降りられる。
しかし、こんな当たり前のことすら忘れている患者さんが多い。医者からせっかく勧められたから、やらないと失礼にあたると思っている患者さんが結構おられる。しかしそれは間違いだ。医者は常に次のメニューをも用意しておく義務があるのだ。
治療も引き際が肝心
人生、何につけても“引き際”がいちばん難しいと言われる。プロスポーツ選手、企業経営者、政治家などが好例だ。恋愛だって、そうかもしれない。商売においても開店より閉店のほうが難しいとよく言われる。そう、抗がん剤治療も引き際がいちばん難しいのだ。
それをいちばんよく知り、決断できるのは本人しかいない。しかし現実には、その自己決定ができる日本人は驚くほど少ない。家族が決めて、家族が言いに来ることが現実には多い。
サードラインの時期になると、体重減少が著明となり、痛みも多少なりとも出てくることが多い。お腹にはお水が溜まり、軽い腸閉塞になることもある。すなわち、口から食べる量が徐々に減っていく時期だ。
そうなると点滴による栄養補給が提案される。抗がん剤治療をする時は、多くは鎖骨の下にIVHポートというコンセントを埋め込み、そこから抗がん剤等を点滴する。そのIVHポートは、栄養補給路としても活用される。
余命が3カ月以上期待できそうな人には、高カロリー輸液を行ってもいい。しかし余命が1~2カ月以内であれば、高カロリー輸液は患者の命を縮めるのでやってはいけない。延命治療のつもりが縮命になり、苦痛を増大させるからだ。
しかしこのことは、医療界でもあまり知られていない。私は医療者や市民に盛んにそういう警鐘を鳴らしているのだが、なにせ無名の悲しさか、なかなか届かない。
がん細胞は、正常細胞の数倍の速度でブドウ糖を取り込む。もの凄い勢いで増殖するために、某大なエネルギー源が必要なのだ。そこに高濃度のブドウ糖を注入することはまさに、がん細胞に餌を与えて培養しているようなものなのだ。しかし現実には、病院では最期まで抗がん剤と高カロリー輸液を行っているケースがあり、私は強い疑問を感じる。
鈴木さんの場合、サードラインの最中に腹水が溜まり、IVHポートからの高カロリー輸液も提案された。これはある限界を超えたら、中止したほうがいい。そして、そのあたりが、抗がん剤のギリギリのやめどきだ。すなわち、抗がん剤の中止時期と、高カロリー輸液の中止時期は重なっている、と私は思う。
というわけで、抗がん剤のやめどき・その9は「サードラインを勧められたとき」である。
【「抗がん剤 10のやめどき」(ブックマン社)からの転載】※ アピタル編集部で一部手を加えています