胃ろう(PEG)と聞くと、悪い印象を持つ市民が多いかと想像します。
この3~4年間は「胃ろうバッシング」とも思えるような報道が続きました。
たしかに、短期間に何十万人も増えたことは異様なことだったと思います。
老衰や認知症高齢者に、安易に胃ろうが造設されたことも事実でしょう。
しかしその反動で「胃ろうは拒否するが鼻から管の栄養ならやってくれ」という人が増えて
私自身も含めて病院も在宅も、医療現場は非常に困っているということも知って下さい。
そもそも鼻から管が辛いから、胃ろうだったのです。
胃ろうは、人工栄養法の中で最も簡便で、最も優れた栄養法なのです。
問題は、胃ろうをどのような人に造設するかです。
医学の世界では、それを「適応」と言います。
もうひとつは、胃ろうがあっても口から食べることを諦めない、ということです。
神経難病や一部の脳梗塞等では食べられないことがありますが、老衰では食べられます。
まだ食べられるのに胃ろうを造設して、「誤嚥性肺炎を起こすから一生食べたらダメ」と
食べることを禁止することが(これが以前にも指摘しましたが)問題なのです。
高齢者の胃ろうに反対している人が多いようですが、話はそう単純ではありません。
食べられない → 胃ろう造設 → モリモリ元気になり食べられる → 胃ろうを卒業
という人もいます。
私の患者でも、パーキンソン病で寝たきりになり、死にかけた80歳代の人がいました。
そのまま看取るか、はたまた胃ろうか、家族と何度も何度も話し合った結果、胃ろうになった例。
その方は、入院して胃ろうを造設しましたが、退院時は寝たきりでまだまだ死にかけていました。
退院前カンファレンスでは、「一生食べられません。食べたら死ぬ」とダメ押しをされました。
しかし私は退院したその日から、病院の指示を一切無視して食べさせました。
すると少しずつ食が回復し、3カ月も経つと、自分で歩けて10割食べられるようにまでなりました。
要はその方は胃ろう造設で、まさに生き返ったのです。
もしあの時、胃ろうを選ばなかったら100%、死んでいたでしょう。
たくさんの患者さんの中には、そんな絵に描いたような良い経過を辿る方もおられるのです。
もちろん、胃ろうをしてもどんどん悪くなり、延命効果のない、かわいそうな人もいるのも事実。
私は自分の経験から、「胃ろうが似会う人」という表現をすることもあります。
衰弱する病気かどうか、経過、その人の余力などを総合して、胃ろうの適応を判断しています。
胃ろうの適応がないと思う人には、「胃ろうをあまり勧めない」と明確に言います。
しかしどちらか良く分からない場合は、正直にそう言い、家族に決めてもらっています。
簡単そうに書いていますが、選択までには、相当な時間をかけて決めているのが現実です。
もちろん「胃ろうという選択、しない選択」(セブン&アイ出版)という拙書もお貸しして。
一方で、胃ろうを造りたくても造れない人もおられます。
たとえば、胃を全摘して胃が無い人には、胃ろうは無理です。
また腹に沢山の傷があったり、胃が肋骨の内に入っていたりして物理的、解剖学的に
胃ろうを造れない人も、ある一定の割合でおられるのです。
だったら、鎖骨下からの高カロリー点滴でいいじゃないか、
鼻から管の栄養でいいじゃないか、と医者も考えがちです。
前置きが、とても長くなりました。
在宅医療学会の懇親会の2次会で、私の横にとても恰幅のいい男性が座っていました。
怖そうだし、この人お医者さん? なんて思っていたら、はたしてお医者さんでした。
「長尾先生、はじめまして。先生、PTEGって知っていますか?」
「はあ、知っています。本を書いていますし、PTEGの在宅患者さんも診てます」
「あれ、実は僕が考えたのです」
「ええ……?」
そんな感じで賑やかな議論が始まりました。
その方は東京女子医大八千代医療センターの大石英人先生という外科医でした。
そのPTEGとはなにか。 ネットに入力すると18万件もヒットします。
首から食道を穿刺して、胃ろうのような長い管を胃や小腸まで挿入する栄養法です。
胃ろうの穴はヘソの上か横あたりにありますが、それが頚にあると想像してください。
経皮経食道胃管挿入術といい、もう保険適応になっています。
正確には、管の先端は小腸に置かれることが多いのです。
なんらかの理由で胃ろう(PEG)ができない人に行われる人工栄養法。
その開発に尽力されてきたのが、私の横に座った大石先生だったのです。
大石先生は、パソコンを開き、沢山の研究成果や成功した症例を見せてくれました。
私が最近経験したパーキンソン病の人と同様に、劇的に回復した症例を何人か見た。
ビフォーアフターの写真を眺めながら、大石先生の人を助けたい、もう一度元気にして
長生きさせたいという、医学・医者の本来の情熱を強く感じました。
私は大石先生は偉いなあ、と思いました。
最初に頚から食道を穿刺するのは大変だっただろうな、と直感したからです。
頚には太い動脈や静脈や神経があり、大変デリケートな場所だからです。
もちろんエコーで観ながら、頚から食道内腔に管を刺していきます。
どんな医療も最初にやった人は叩かれてきたのが医学の歴史です。
後にどんな偉人になるとしても、最初は試行錯誤なのが医療の本質。
20年間もPTEGの開発に尽力されてこられた外科医から、PTEG栄養下の
消化管ホルモンの動態、特に血糖値の変動に関する研究成果も教えていただき、感激でした。
というのも、私も大学で消化管ホルモンの研究をしていたし、現在もそれに興味を
持っている医者の端くれなので、大石先生の解説が身にしみて入ってきたのです。
長くなりました。
胃ろう(PEG)が悪いわけではありません。
もちろんPTEGも同じ。
便利な道具をどう使うか、だけなのです。
大石先生に、たくさんのハッピーなPTEG症例を見せていただきました。
しかしおそらく世の中には、ハッピーではない胃ろうやPTEGもあるのでしょう。
そんな議論ができるのも、日本在宅医療学会とご縁があったからだと感謝しました。
そして翌朝にもう一人、ハッピーな胃ろうに情熱を賭ける医師に出会いました。
(続く)