胃がんを見つけるには胃透視もいいけど、胃カメラもいいよ、
という公式見解が新聞などに発表されていました。
なにを今頃、という感想を持った医師は私だけではないでしょう。
20年以上前から、そのようなことをあちこちに書いてきたのですが。
ひとつのことが医学常識になるまでは、相当な時間がかかることを
あらためて感じています。
私は、早期胃がんを見つけるために20年くらいを費やしてきました。
おそらく数万人の胃透視写真を読影して、数千人の胃内視鏡を行った。
胃内視鏡検査では、小さな胃がんを見つけたことがあります。
1~2mmの胃がんもありました。
生検鉗子で組織をつまみ、病理検査に出すとやはりグループ5だった。
しかし再度内視鏡をすると、今度はがんがどこにあるのか分からない。
もしかしたら、小さくて2回目は発見できないのか、
1回目の生検で組織を採取した時に、がんを全部取ってしまったのか。
後者をたしか「ひと掻きがん」と呼んでいましたが、そのようなことがある。
胃袋の中は、実は街の中のように結構広く、迷子になる場合もあるのです。
だから怪しいな、見失いそうだなあと思った時は、病変の近くの粘膜に
墨を打ちこんだり、クリップで印をつけることもあります。
そんな小さながんを見つけてなにが面白いのだ?
そんな意見もあるでしょう。
胃がんという病気の初期像を正確に観察することは、とても面白いです。
内視鏡的に切除した組織を顕微鏡で観ると、白黒がはっきりします。
ここまでががんで、ここからはがんではない、という線がはっきり引けます。
だいたい、ではなく、細胞単位で、がんかがんでないか明確に区別できます。
超小さな胃がんは、見失ったり生検で消えてしまうことが現実にあります。
そのような小さな病変でも、がんはがん。
がん保険に入っている、と言われたら診断書にちゃんと書きますし、
病理標本で証拠を見せて、と言われたらプレパラートをお貸しします。
一方直径1~2cmの小隆起の組織検査でグループ3が出ることがあります。
グループ3とは、5段階の真ん中で、がんでもないし、純粋な良性でもない。
こうしたグループ3病変は、さらにグループ2(良性)に近いグループ3と
グループ4(がん)に近いグループ3に別れます。(ややこしい話ですが)
後者であれば、若い人であれば、病変を内視鏡的に切除していました。
がんではない、前がん病変を、予防的に切除していたことになります。
20年前に“がんもどき”という言葉を初めて聞いた時に「これのことかな?」
と思ったことを覚えています。
内視鏡で切っていても、良いことをしているという実感があまり無かった。
もしかしたら過剰医療かな? なんてこともチラッと思いながら切っていました。
まあ、こんな話ができるのもすべて、この世に内視鏡が存在するからです。
胃透視では、こんな細かな話も病理の話もまったくできません。
参考文献) 長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?