《1930》 がん患者は、がん拠点病院の所有物でない [未分類]

昨日は早朝から在宅患者さんからの電話で起こされ、その後は
急用で欠勤の医師に代わって日曜日の外来診療をしていました。

熱中症や風邪や高血圧性脳症や心不全やがんの相談など、
実に様々な患者さんが来られるので、気が抜けません。

午後は、状態が悪い膵臓がんの患者さん宅を訪問しました。
ご家族さんに在宅看取りについて、ゆっくりと説明しました。

「あと1~2時間かな」と言って部屋を出た10分後に電話が鳴りました。
「今、息をひきとりました」と。あれ?

がんの平穏死の場合、亡くなる直前まで意識があることが多い。
この患者さんも、亡くなる数分前まで会話をされていました。

その膵臓がんは、2年前に当院で発見しました。
しかしがん拠点病院に紹介して以来、それっきりになっていました。

がん拠点病院ではいくつかの抗がん剤治療をしたそうですが、
もう効かないと判断され、4カ月前には中止されたそうです。

先週、ご家族さんから在宅医療の依頼の電話があり、初回の往診をしました。
部屋に入ると、やせこけて状態の悪い女性が顔をしかめて横たわっていました。

もう歩くことも食べることもままならない位に衰弱しておられました。
余命1~2週間という印象を受けたので、家族にそうお話をしました。

大急ぎでいろんなことをやりました。
介護保険の申請、認定調査、介護ベッド搬入、連日の訪問看護と訪問診療。

がん拠点病院の痛み止めはほとんど効いておらず、新たにやり直すことになりました。
がんの治療は得意でも、緩和ケアについては得意でない/興味がない先生がよくおられます。

家族に聞くと、その病院の主治医の外来には、家族だけで受診していたそうです。
本人を見ずによく投薬ができるものだなあ、と思いますが、大病院ではよくある事。

4カ月間ほど、家族受診だけで痛み止めなどのお薬を出してもらっていたとのこと。
衰弱にたまりかねた家族が、長尾クリニックに電話をして在宅医療を依頼してきた。

果たして、在宅医療を開始してから1週間後、介護ベッドが入ってから5日後、
病院の主治医からの在宅医療の依頼状が届いて4日後に、穏やかに旅立たれました。

またまた、たった1週間の在宅医療。

「もっと早く関われていたら、もっといろいろできたのに……」

訪問看護師たちはいつも、そう嘆きます。
私もまったく同じことを思います。

これは我々在宅医療に携わるものの、偽らざる本音でしょう。
何度も悔しい思いをしてきたのですが、昨日もそうでした。

外来から在宅に移行する末期がんの平均在宅期間は1カ月半なのですが、
病院からの紹介例では、在宅期間が3日とか1週間程度ということが少なくない。

もしご家族が私に連絡しなければ、いったいどうなっていたのでしょうか。
そもそも本人も家族も在宅希望でしたが、救急搬送で入院だったのでしょうか。

病院の主治医は結局、4カ月間もそのがん患者さんを「放置」していました。
外来では本人を診ずに、不十分な痛み止めの薬だけ出していた。

がん拠点病院の主治医や地域連携室の看護師さんは、必ずこう言い訳をします。

「忙しくて、在宅のことを忘れていた」
「状態が悪すぎて家に返せなかった」
「こんなに早いとは思わなかった」

などなど。

「がん患者さんは、がん拠点病院の所有物でなく、一人の人間です!」
と大きな声で叫びたくなる時があります。

しかしアピタルや本などに書くだけでは、彼らにはまったく伝わりません。
希望が叶わない患者さんのために、いったいどうすればいいのでしょうか。

実は先週出た「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」という本。
読んでいただければ分かりますが、そんながん医療界に向けた町医者のメッセージでもある。

抗がん剤もできないくらい悪いのであれば、なんで早くかかりつけ医に紹介しないのか。
実は、あらかじめ患者さんに近藤誠先生の本を渡しておこうかなと思う時さえあるのです。

参考文献) 「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)