介護施設に入所中の87歳の女性のオムツに血の混じった
帯下が付着する、と慌てた介護職員から連絡がありました。
実はこれは珍しいことでもなんでもなく、よくある話です。
その介護職員は不安がり、遠くの家族に電話で報告しました。
遠くの長女から私に電話があり、精査してほしいとのことでした。
婦人科で検査をすると案の定、子宮がん(病期は不明)が発見されました。
遠くの長女は電話で「できる限りのがん治療をお願いします」と言われました。
しかし「できる限り」と言われても、そもそも寝たきりで意思疎通もできない。
食べる量も減少して、だんだん痩せてきて、そろそろ終末期の話をしようと
思っていたところに、降って湧いたかのような子宮がん騒動。
介護職員はがん=怖い、だから治療しなければいけない、と思っている様子。
私が「様子を見たほうが得」という話をしても、まず信じてもらえません。
結局、大病院に紹介しましたが、全身状態が悪く治療リスクが高いとのお返事。
まあ当然の結論ですが、遠くの長女は納得できないとクリニックに来られた。
最初は「どうして、がんを放置するのですか?」と興奮していましたが、
いろんな話をするうちに、少しずつ落ち着いて話ができるようになりました。
・老衰で、余命が2~3カ月くらい
・子宮がんは、おそらく放っておいても死ぬのはもっと先だろう
つまり、寝たきり(老衰)の要因が、がんよりもずっと大きいことを
遠くの長女さんに1時間かけて説明して、やっとご納得いただきました。
世間的には、がん=治療というイメージが、何歳になってもあるようです。
だから放っておいたほうが得な場合もある、ということは意外と理解されません。
介護施設は平穏死には適した場所です。
そこにはほとんど医療が無いからです。
しかし平穏死直前に何らかの症状が出て、がんが見つかることがよくあります。
その年齢になればがんがあって当然なのですが、ご家族への説明に時間が要る。
87歳でも治療したほうがいいがんもあれば、しないほうがいいがんもある。
どういうことかと言えば、治療で本人が楽になるのであればしたほうがいい。
大腸がんで腸閉塞になれば、手術で閉塞を解除すれば、また生きられます。
胃がんで胃の出口がつまっていれば、手術で通りをよくできる場合もある。
つまり高齢者のがん治療は、命を延ばすという意味より、生活の質(QOL)
を上げるという意味合いの方が強いのですが、なかなか理解が難しいようです。
学校教育の中に「高齢者のがん」という授業があればいいのに、と思います。
しかしよく考えれば、医学教育や看護教育の中にも、まだあまりありません。
今後、がん医療は、もっと高齢者も想定したものに変革しなければなりません。
「何歳でも抗がん剤やりますよ」というがん専門医は、私は受け入れられません。
参考文献) 「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)