60代の男性が会社の検診で肝機能異常を指摘され来院されました。
腹部エコー(当時は自分でしていました)をすると肝臓に影が。
肝臓の奥に2cm位の影があるので、専門の病院に紹介しました。
諸検査の結果たしかにそれは肝臓がんであることが判明しました。
B型肝炎でもC型肝炎でもないのによく2cmで見つかったものだ。
肝臓外科の専門医から誉めてもらいました。
患者さんにも「早期発見できてラッキーでしたね」と言いました。
私自身も、エコーで上手く見つけたことを得意に思っていました。
しかし術後2ケ月目に、肺に転移が見つかり、3ケ月後には、脳に
転移が発見されて、術後4ケ月目に、残念ながら他界されました。
術後、たった4ケ月で亡くなるとは予想だにしていませんでした。
こんなことがあるんだろうか?とショックでいろいろ振り返りました。
まず、発見時には、すでに肺や脳に転移していたはずです。
そして肝臓の原発巣を切除したために、転移巣が暴れ出した。
親分と子分の関係に喩えると、親分がいなくなったら、子分が暴れた。
実は、親分(原発巣)は、子分(転移巣)を抑える指令を出していた。
そういうことだと思いますが、じゃあフイルムを逆回しして、もし
あの時、2cmの肝臓がんを手術しなかったらどうなっていたのか?
誰も知ることはできませんが、もしかしたら4ケ月以上生きた可能性がある。
すなわち、早期発見・早期治療が、命を縮めた可能性がある。
私が寝た子を起こした?・・・
これは、近藤誠理論そのものの例ですが、時にそんなことがあることは、
現場で活躍されている外科医なら誰でも知っています。
しかし「じゃあ手術はやりません」とは、ならないでしょう。
なぜなら、手術をして完治する人も、たくさんいるからです。
正確に言えば、その人は早期発見ではなかったのです。
ステージⅠに見えたステージⅣだった訳ですが、分からなかっただけ。
これが近藤誠医師が言う「本物のがん」なのですが、私に言わせれば
「超悪質ながん」であり、多くのがんは2cmならそこまで悪くは無い。
誤解を防ぐためには、大きさだけでは判断はできないことも説明します。
大きさは、とても分かり易い指標なので、使っているだけです。
2cmの肝臓がんで死ぬこともあるし、1cmの膵臓がんや1cmの胆管がん
で死ぬこともあるのが、がんという病気です。
一方、10cmの胃がんでも内視鏡治療で完治するがんもあるので、
大きさだけで未来を予言することはできません。
肺がんに至っては、同じ2cmでも扁平上皮がんと腺がんでは数字の意味合いは
まったく違います。
扁平上皮がんの2cmはそのままでいいのですが、腺がんの2cmは縮んで
縮んでの2cmであり、もし縮まなければ、数cmのはずだったと言えます。
臓器別だけではなく、組織型が大切な例を挙げると、同じ胃がんでも10cmの
高分化型腺がんなら助かる場合がある一方、1cmの未分化がんなら死ぬことも。
がんという病気は、臓器、組織型により、このようにかなりの多様性があります。
また同じ人にできたがんであっても、時期によって振る舞いが全く異なることも。
全身に転移した乳がんが一定期間沈黙していたのが、ある日突然、なんのきかっけも
ないのに大暴れしだして在宅医療になるも、あっという間に旅立たれた人もいました。
まさに百人百色。
みんな違うのが、がんという病気の立ち振る舞い。
そんな厄介な相手に、極論(医療不要論)で対応するのか、柔軟に対応するのか。
それはその人の自由で、がん治療の選び方も百人百色でしょう。
100年後に現在のがん医療が、どのように評価されるのか?
もしタイムマシンに乗れるのであれば見てみないものです。
私は、まだ人生の半ばにある人のがんの早期発見・早期治療の意義は
おそらく100年後も変わっていない真実であると考えます。
だから2年前、「医療否定本に殺されないための48の真実」という本を書き、
今回「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」を書きました。
この本の対象は、平均寿命以下の人です。
しかし平均寿命を過ぎた人には、近藤誠医師の本がお勧めだと思います。
PS)
あと1ケ月で、この連載も2000日目を迎えます。
1日も休まずにわずかな時間で駄文を書いてきました。
いかがですか?
何かの役に立っていますか?
書いている方は、日々の診療に必死で、同じことをまた書いたりします。
5年以上の月日が経過し、51歳だったのが、57歳になりました。