高血圧で通院中の87歳の女性が、ある日、一通の書類を
持って診察室に入ってこられました。
表紙には「私のリビングイル」と書いてありました。
中身は、通常の文言に加えて、以下のようなことが書いてありました。
「私がもしがんになっても、抗がん剤治療は一切やらないで欲しい」と。
日本尊厳死協会に入会していることは知っていましたが、
自分自身で書いた紙を追加されたようです。
現在は、80代後半に見えないくらい元気でおそらくがんもない体
なのでしょうが、なぜ突然、そんな書類を持って来られたのか?
最近、親友が大腸がんになって入院先にお見舞いに行った時に
副作用で苦しむ様子を見てから、即、行動に移したとのこと。
「だって、私が認知症になったら、その時は忘れるでしょう。
先生は若いので私より長生きすると思うから渡しておくのよ」と。
リビングウイルとは「いのちの遺言状」。
延命治療を拒否する旨を文書で示すもの。
延命治療とは、人工呼吸や人工栄養のことを指すのですが、
彼女は「抗がん剤治療」も勝手に追加されたのです。
「たしかに、抗がん剤も延命治療だね。
でも、効果があるかかもしれないよ」
「もう歳だから、いいの。
友人のようにはなりたくないの」
「分かりました。でも貴方がもし50歳だったら受け取らないかも。
まあ、50歳でそんなことを書いてくる人はいないけどね・・・」
高齢者への抗がん剤治療は、元気であれば結構、やっています。
私が見ても「どこまでやるの!?」と思うくらいやっています。
だから彼女の気持ちがよく分かります。
コピーしてカルテに挟んでおきました。
参考文献) 「長尾先生、近藤誠理論のどこが間違っているのですか?」(ブックマン社)