手術翌日の12月31日に、受診を指示されました。
大晦日も診療しているのは、当院も同じです。
眼科スタッフ達への負担が、申しわけなく感じました。
点眼薬3種類が渡され、定められたとうりに、さしました。
幸か不幸か、眼薬をさした経験があまりなかったので、
上手く目に入りらず、最初は苦労しました。
角膜が乾燥するため、風除けの伊達メガネを渡されました。
寝る時は、手で目をかかないように、保護具を渡され
ガムテープなどで固定して寝るよう、指示されました。
くっつくはずの角膜がズレたら、再手術が必要と脅かされました。
寝ぞうの悪い私は、気になって熟睡できません。
しかし、指示されたことを、真面目にちゃんと実行しました。
正月三が日は、テレビを見て過ごそうと決めていましたが、
テレビ画面が、ほとんど見えません。
手術後の手術の回復には、しばらく時間がかかると聞いてはいました。
1月2日の検診には早く着いたので、喫茶店で時間をつぶしました。
会計をしようと、財布を出しても、小銭の種類が判別できません。
店員さんに、財布の中から、小銭を取りだしてもらいました。
こんなところで、人のお世話になるとは思っていませんでした。
財布を開けるのが、怖くなりました。
さすがに、かなり、へこんできました。
1月3日になっても、近くがまだ全然上手く見えません。
なんだか視力障害者になった気分で、電車に乗り通院しました。
階段が怖く、転倒しないようにゆっくり降りました。
視力検査をすると、検査技師さんが顔をしかめました。
「どうなっていますか?」と聞いても、言葉を濁されます。
何度か聞くと、ようやく「遠視」という言葉が出てきました。
そうか。近視だったのが、「正視」を飛び越えて、
かなりの「遠視」になってしまったようです。
近くがぼやけて見えない理由が、やっと分かりました。
このままでは、明日からの仕事ができません。
クリニックに寄ってレントゲン写真を見ても
上手く見えません。もちろんカルテもダメ。
エライことになったー、と思いました。
慌てて眼科の横にある、メガネ屋さんで老眼鏡を作りました。
これで、やっとカルテの字が読めるようになりました。(続く)