《0266》 逃げるべきか、出勤すべきか [未分類]

余震のたびに、マンションがペチャンと潰れそうに感じました。

何が起こっているのか、よく分かりませんでした。

これが「地震」であるのかさえ、もうひとつ分からない。

 

多分、地震なんだろう。

おそらく相当な規模だろう。

あれだけ火事が起きているくらいだから。

 

これから津波が来て日本沈没だろうか?

私の人生は、こうして終わるのだろうか?

その時点では、震源地も規模も全く想像もできませんでした。

 

今なら笑い話でしょうが、当時、あれを経験した人は

ほんとうに「世の終わり」のように、感じたでしょう。

後からは何とでも言えます。

 

とりあえず病院に出勤しようと車で家を出ました。

普段どうり、国道に出ようとしました。

少し走ると、道の真ん中に倒壊した家が「横たわって」いました。

 

さらに少し走ると、家家が真ん中で割れて、中が丸見えでした。

JRの下まで来たら、2階建ての駅ホームが落ちて道を塞いでいた。

迂回してもどこも同じような状況で、どうやっても国道に出れません。

 

エライことになった、と諦めて車を置きに家に戻りました。

これは尋常ではない。

公衆電話に走り病院に電話しましたが、不通でした。

 

その時点では、病院が存在するかどうか全く分かりませんでした。

何も情報がないから、判断も全くできないのです。

病院に行くべきか、ここに留まり家族を守るべきか。

 

勤務医は、所詮サラリーマン。

家族とどこかに逃げようかとも思いました。

しかし、どこに逃げていいのか全く分かりません。

 

迷いましたが、家族を説得し、病院まで歩くことに決めました。

普段、車で30分の道を、歩いて病院を目指すことにしました。

歩いてすぐ、状況は想像以上に深刻であることが分かりました。

 

あちこちで、崩壊した家を、手作業で掘り起こそうとしている。

数が多すぎて、どこを手伝うべきか、全く分からない。

途中、駅のホームのトイレに入ると便器は「テンコ盛り」でした。

 

結局、2時間ほど歩きました。

「彷徨った」と言うほうが適当でしょう。

 

途中のコンビニで店主が「何でも持っていけ」と

通行人たちに声をかけていました。

中を覗くとほとんどの商品はもうありませんでした。

 

落ち着いたらあの店主に御礼の言葉のひとつでも

言おうと思いながら、結局、行けていません。

あの状況下で、あのような志の人もいたのです。

 

周囲の状況から、「病院はもう無い」と思いました。

 

ただ、潰れていても、そこに何らかの仕事があるように思いました。

病院の近くに来ると、住宅の被害が軽微である事に気が付きました。

「病院は高台に建っているので、大丈夫かもしれない」

 

嬉しくなって、急いで坂を駆け上がりました。

果たして、古い病院は、「無傷」で建っていました。

しかし、一歩中に入ると、そこは「地獄」でした。(続く)