《0269》 そして点滴もなくなった・・・ [未分類]

応急処置を続けました。

トタンに載せられて運び込まれた下敷き患者さんは

元気そうに見えても、急変する方が多くいました。

ミオグロビン尿といって、赤黒いオシッコが出ました。

おそらく、急性腎不全です。

間もなく亡くなられた人もいました。

挫滅症候群。

別名クラッシュ症候群。

筋肉が破壊され、ミオグロビンや活性酸素が悪さをする病態。

本物を見たのは初めてでした。

 

定員の10倍を超える人が病院の中に横たわっていました。

廊下や床での処置しかできません。

カルテもなく、メモ書きだけが頼りです。

 

病棟の点滴類は、すぐに底をつきました。

あるものは何でも代用して使いました。

スッカラカンになった薬品戸棚は、今でも忘れません。

余震に震えながら、処置に走り回りました。

 

夜になった時、おにぎりを見つけました。

栄養士さんがカセットコンロでご飯を炊いたそうです。

昔の配給のように、お盆に載せられたオニギリが

その辺にいる患者さんや職員に配られていました。

ただし、1人1個だけという配給制限がありました。

美味しかったこと。

腹ペコでした。

ただのオニギリが、こんなに美味しく感じたことはない。

この配給は、その後、3~4日間ぐらい続いていました。

 

深夜を過ぎても、大きな余震が断続的に続きました。

恐怖や不安が、持続します。

しかも、外部のことはよく分かりません。

 

ラジオから聞こえて来る情報だけが頼りでした。

詰所内には、ラジオの音が響いていました。

 

どうも被災地の中心近くにいることは分かっていました。

でもおかしいな、誰も助けに来てくれない。

救急車は来ないし、一体どうなっているんだ。

まるで孤島に遭難したような感覚でした。

 

明け方、疲れ果てて仮眠を取ろうと思った時、

廊下の向こうから白い服を着た人が走って来ました。

(続く)