《0272》 あの日、亡くなられた人を忘れない [未分類]

復興には10年、いや20年はかかるだろうと思いました。

壊れた建物の多くは、表面的には意外に早く修復しました。

しかし、被災者の心の傷は現在も癒えません。

 

1人の女子大学生がいました。

卒論を完成させた朝に、何故か帰らぬ人になりました。

彼女は、一流のフラメンコのダンサーでもありました。

 

当時、私は彼女のお母上の主治医でした。

外来受診時には、いつも付き添って来られていました。

しかし、娘さんと直接話す機会はありませんでした。

 

お母上から頂いた娘さんのビデオを、その後何度も見ました。

ほとばしる汗と情熱的な踊り。

ビデオの中には、素晴らしいフラメンコを踊る女性がいました。

 

しかし彼女は、もういない。

何なんだろう、

彼女が亡くなり、私は生きている・・・

 

お母上の心の中は、16年前と何も変わりません。

時々お便りを頂きますが、返す言葉が見つかりません。

娘さんの分も、頑張って生きよう。それしか言えません。

 

もう一人。

偶然、早期胃がんを見つけてしまい、内視鏡手術をした老人です。

彼女は、その手術を嫌がっていました。

 

「ゲートボールが出来なくなるから手術はイヤ」と。

しかし内視鏡手術のあと、説得して追加手術まで行いました。

嫌がる彼女の胃を外科手術で無理やり(?)取った私。

 

震災4日目だったでしょうか。

あるクラッシュ症候群の患者さんを搬送しようとして、

その方が、彼女の子供さんであることに気が付きました。

 

「お母上は?」

「母は、下敷きになって亡くなりました。

その節はありがとうございました」

 

・・・頭が真っ白になりました。

 

ゲートボールを優先すれば良かった・・・

なんて申し訳ないことをしたんだろう。

彼女の笑顔がいまも頭を離れません。

 

震災で、全部吹き飛んでしまいました。

良かれと思ってやって来たことが、

すべて否定されたように感じました。

 

医療は自然災害の前には無力です。

私自身、まだ「震災うつ」から抜け出れていないのかも

しれませんが。(続く)