《0441》 PCATの「逃げない医療 [未分類]

引き続き、札幌で開催されている日本プライマリ・ケア連合学会に
参加して、勉強しています。
当学会は、東日本大震災救援プロジェクト(PCAT)としても活動されました。

プライマリ・ケア学会が日本医学会に認知されるまで20年を要しました。
三つの学会が一緒になって、「連合学会」が誕生して2回目の大会です。
2000人もの参加者がいました。

この学会には、若い医師、医学生、薬剤師や看護師、市民も参加していて、
従来の医学会とは、一味違った雰囲気の学会です。

さて、本学会が中心となったPCATが被災地で活躍しました。
石巻、気仙沼、福島などで多くの職種がチームとして活動した。
看護師、薬剤師、理学療法士、歯科衛生士などとの多職種連携。

被災地の需要は、救急医療よりプライマリ・ケアでした。
プライマリ・ケアとは、専門性の高い何でも屋。
被災地に必要なものは、PCATでした。

気仙沼を訪れた時、PCATのスタッフとお会いしました。
震災50日後でしたが、皆生き生きと活動されていました。
被災地の需要とPCATの志向性が、合致していました。

今回の大会長は、まだ30代の若い医師でした。
彼は卒業後、一貫して北海道のプライマリ・ケア診療に従事。
そんな彼の悩みは「プライマリ・ケア」のアイデンティティー。

医者はもちろん知っていますが、一般にはまだ知られていない。
しかし、「かかりつけ医」という言葉とほぼ同じです。
開業医とは限らず、「病院総合医」もいるからです。

どんな患者さんが来ても「逃げない」。
まず診察し、もし専門医が必要なら迅速に紹介。
しかし、大半の患者さんは、プライマリ・ケアの守備範囲。

もちろん在宅医療も含まれます。
在宅医療とは、まさにプライマリ・ケアの場です。
治りにくい病気に必要なのは「治す医療」より、「支える医療」。

この学会には、医学生も参加していました。
宮城県の医療課の行政職員も参加していました。
この学会が日本の医療を変える日も近い、と感じました。