《0491》  ガレキの中の「革命」 [未分類]

夏の甲子園が終わると、なんだか寂しくなりますね。
一昨日、青森代表光星学院は本当に頑張りました。
多くの被災地のかたが、勇気づけられたと思います。

偶然、岩手県大槌高校野球部の夏の映像も見ました。
小さな町が破壊され家族や知人を失った球児達の夏。
たった13人の部員の中には4人の家族を失った子も。

野球どころではありません。
住むところも食べるものも無い。
そんな中、野球部員はボランテイア活動から始めました。

校庭は、ずっと自衛隊の基地になっていました。
1カ月以上たってから、がれきの隙間でキャッチボール。
精神状態も栄養もズタズタの中で、練習が再開されました。

住むところもありません。
お寺に避難して、ロウソクの光での生活。
そんな環境でも、可能な限り工夫して練習を重ねました。

彼らの合言葉は、「革命を起こそう!」。
避難所の市民の希望の星になりました。
そんな部員を、シャイな女子マネージャーが支えました。

自衛隊は「練習できなくてごめんね」と書いて去りました。
たった1カ月しか本格的な練習ができませんでした。
しかし文句や弱音を吐く生徒は一人もいませんでした。

しかし、残念ながら、1回戦で惜しくも敗退しました。
お世辞ではなく、非常に高いレベルの試合でした。
ガレキの中の球児たちの夏は敢え無く終わりました。

しかしすでに、来年の夏を目指して練習が始まっています。
親を失った生徒もみんな無我夢中で夢を追いかけています。
大槌高校のグランドにあるものは、「夢」と「絆」。

甲子園の後の寂しさは、地元の我々も感じます。
ああ、夏が終わったんだ・・・
ちょっと昔話をさせていただきます。

中学時代、私は陸上部でした。
宝塚に近い伊丹市の北にある自宅から
甲子園球場まで毎日1時間走っていました。

自分で言うのもなんですが、青春時代の
運動は非常に大切だと思います。
特に医者を目指すなら、勉強より運動です。

無料の外野席で観戦、休憩してまた自宅に走る。
そんな単純な作業を、高校野球中、毎日続けていました。
高校時代は甲子園球場で売り子のバイトもしていました。

大学時代は、準公式野球をしていました。
そんな思い出があるからでしょうか。
忙しい毎日でも高校野球はチェックしています。

マー君と祐ちゃんの熱戦もリアルタイムで全部見ました。
そうそうクリニックには、風邪を引いた球児たちも来ます。
地元尼崎は阪神タイガースの熱烈な応援団の拠点です。

そんなかんなで甲子園の決勝戦を見ると泣いてしまいます。
しかし昨日は、県大会の1回戦で泣いてしまいました。
青森・光星学園も立派だったが、岩手・大槌高校も立派だった。

4月に初めて被災地に降り立ったのが大槌町でした。
記録映画「無常素描」にも、町の様子が出てきます。
大阪府河内長野市が支援しているのも大槌町です。

大槌町のがれきの撤去は、最も遅れています。
また手つかずに近いところもあります。
行政が止まっています。

選挙をするにも住民の所在確認が困難です。
課題だらけの大槌ですが、球児たちは一番の町と言いました。
この球児たちが、間違いなく大槌、東北を背負っていきます。

素晴らしい大人になり活躍することは間違いありません。
ひとりひとりが、立派なお顔をしていました。
かわいいマネージャーに、我が青春時代を思い出しました。

大槌町は少し元気になりました。
彼らの願いは叶いませんでしたが、
「革命」は確かに起きたと思いました。