《0576》 ある若者の思い出(その1) [未分類]

ある日、病院から、ある若者に関する紹介状が届いた。
病名には、「口腔癌(末期)」、と書いてあった。
この若さで「末期」とは、なんとお気の毒なこと・・・

退院したばかりの若者を、看護師と一緒に訪問した。
その若者は、横を向いてしか寝られないと言う。
顔面の片方が、手術や放射線医療で欠損しているようだった。

正確に言うと激しい痛みで、病巣を診ることができない。
顔の向きを変えようとすると大きな声を出して痛がる。
さっそく、その日の夕方から麻薬を中心とした「在宅緩和ケア」を開始。

連日、麻薬を増量して行った。
痛みと麻薬の追いかけっこ。
痛みをほぼ制することが出来る麻薬の量を、出来るだけ早く探り出す。

この作業を「タイトレーション」という。
施設ホスピスでは、これを時間単位で行うらしいが、
在宅では、1日単位で行う事が多い。

1週間後には、痛みを制する麻薬の量を探し当てることが出来た。
しかし、食事量が少ないため体は、どんどん痩せてくる。
口を動かすと激しい痛みがあるので、お喋りもままならない。

看護師は連日、私は隔日くらいに訪問した。
ご自宅は、ご両親とも自営業を営んでおられた。
1階が職場で、2階が住居になっている。

昼休みに入って行くと、若者はご両親と並んで寝ていることが多かった。
ある日、部屋に入ると、男女数人の若者が寝ていて驚いたことがあった。
その家では、「添い寝」がすでに習慣になっていた。

若者とは、彼の高校の同級生たち。
すでに社会人になり、バラバラに生きている若者たちが
連絡を取り合い、どこか「同窓会」のノリで彼に寄り添っていた。

みんな若いので、仕事がとても忙しい。合間を縫って交代で来ていた。
なかには職場からその家に直行したり
休みをとって添い寝を買って出る若者もいた。

昼休みに数名の大人が寄り添って寝ている姿は、
どこか奇妙であり、新鮮でもあり、微笑ましくもあった。

彼は、高校時代、学年の超人気者だった、そうだ。
体が大きき、男らしく、歌と踊りがピカ一。
連日、訪れる膨大な数の友人たちに、彼の人気が伺えた。

病気の性質上、彼は日に日に、衰弱していった。
徐々にではあるが、確実に、体が小さくなった。
昔の写真をみるとポパイのような体から、筋肉が失われていった。

安静時の痛みのコントロールは、ほぼ出来た。
しかし体を動かすと相変わらず激痛が走り、同じ方向しか向けない。
そのため寝巻を着替えることもできない位の痛みが続いた。

寝ころんだままでの食事はいくら若者でも辛い。
喉を通る食べ物の種類も減っていった。
症状を緩和する目的でステロイド入りの少量の点滴を連日続けた。

もはや、誰が見ても、末期としか思えない状況に至った。
病院を退院して、1カ月半が経過していた。
体動時痛のために寝たきりだったのが、いつの間にか本当の「寝たきり」になっていた。