《0579》 ある若者の思い出(その4) [未分類]

眠りに入りかけたその時、3度目の携帯が鳴った。
3度目の正直なのか、再度の「誤報」なのか・・・
なんとも言えない気持ちで、また同じ道を走った。

1日に同じ道を走るのは、普通の人は1日に1回だ。
しかし私は、3回走ることがあれば、6回走ることもある。
そんなことを考えながら、彼の家に到着。

すでに午前2時を回っているのに、家に入りきれない
「群衆」が路上に溢れていた。
「彼らは、みんな明日はどうするつもりなんだろう・・・?」

もう3度目なので、人ごみを押し分けるのも慣れてきた。
押し分けられる方も、「また来たか」という感じだ。
というか、彼かた遠くにいるひとも全員彼の方を向いて祈っている。

医者の存在は、まったくと言っていいほど彼らの眼中にない。
みなが必死で祈るのは、彼の復活のみ。
しかし彼はスターでもなんでもなく、ごく普通の若者。

さて、3度目の診察でも、彼はまだ息をしていた。
ただ2回目より、呼吸は努力様で意識は完全に無かった。
経験上、こうなると、あと1時間程度だ。

結局、家の前に車を留めて、そこで仮眠することにした。
このような場合、患者宅で一緒に寝ることもあるのだが、
なにせこの家は群衆で埋め尽くされていて、その隙間も無い。

ご家族に呼吸停止の実演をして、完全に止まってから
家の前に止めた車の窓ガラスを叩くようにお願いした。
ちょうど、30分経過した頃、一人の若者が車の窓をノックした。

4度目は・・・・、はたして本当に呼吸停止していた。
「大変残念ですが、たった今、ご臨終です」
こんな陳腐な言葉を発した途端、「群衆」は、一斉に泣き出した。

全員が彼の名を呼び、叫んだ。
その勢いにこちらもつい、もらい泣きしてしまう。
医者だって、にんげん、だもの・・・

彼の体には、周囲を囲んだ人間から10本以上の手が掛けられていた。
千手観音ではないが、みながすり寄り、触り、さすっていた。
いつも、触るように私が促すのだが、この夜はその必要は無かった。

深夜にこの騒ぎは、大丈夫だろうか?
そう思うぐらいの、大号泣だった。
経験したことがない「悼み」だった。