《0581》 あるがん専門看護師さんの想い出(その1) [未分類]

ある日、夜の診察が終わろうとした時、一人の女性が
不安げナ表情で夫に付き添われて、車椅子で受診された。
大腸がんが全身に転移して弱ってきていると自分で話す。

末期がん患者さんやそのご家族が相談に来られることは
毎度の事なので、いつものように少しゆっくりめでお話を聞いた。
3年間抗がん治療を続けてきたがもう止めたい、と言われた。

なるほど肺の写真を見せて頂くと、真っ白に近かった。
脳にも転移していると聞き、余命はそんなにない、と感じた。
彼女も薄々、そう感じているようだった。

「治療は少しお休みしてちょっと元気を出る点滴をしようか」
と言ってみた。
私とほぼ同世代の彼女は。少し安心した表情を見せた。

そして「明日からは貴方の家に行きましょう」と言ってみたが、
車いすを気使ってそう言ったが、彼女はこの提案に抵抗した。
「私まだ、そこまで悪くはありません!」

100人いれば、100人ともそう言われる。
しかしこんな説得には慣れている。
ちょうど待合室にはインフルエンザの方が溢れている時だった。

「あなたは抵抗力が落ちているからね。診療所は危険なのですよ。」
彼女は現役の看護師でもあるが、また、キョトンとしていた。
「大丈夫、車椅子でこんな危険な場所に来なくても僕が行くから!」

在宅医療と言えば、当然、訪問から始まると思っている方が多いだろう。
実は、彼女のように外来から始まることが、半分以上なのだ。
ずっと診て来た患者さんが、最終的に末期がんになることもある。

「在宅」と聞くと、飛び上がるひとが多い。
「私はまだそんなに悪くない!」と怒り散らす人もいる。
2カ月後には、もうこの世にいなくなっているのだが・・・

彼女は、ある大病院の外来抗がん剤室をまとめる看護師さん。
がん治療のトップにたつバリバリのやり手看護師さんだった。
私にしてみれば、一番苦手な患者さんは、医者と看護師さん。

なまじ知識があるだけに、いろいろと注文が多いことが多い。
ただ正確に言うと、家族が医療者の時の方が、もっとやりにくい。
本人が医療者の方が、まだやり易いのだ。

ステロイド入りの点滴を外来でするか、在宅でするか、少し迷った。
こういう時は、半ば強引にお願いする事もある。
「じゃあ、明日の朝、8時にお宅に行くから待っていて下さいね!」

まだ、充分に納得していないような表情の彼女は、
それでもどこか安堵しているようにも見えた。
在宅医療に関する沢山の冊子やコピーもお渡しした。

(つづく)