《0586》 あるがん専門看護師さんの想い出(その6) [未分類]

「白衣をもう一度」

彼女の肉声をどうしても記録しておきたい衝動にかられた。
そのために友人にビデオ撮影を依頼した。
彼女は、録画を快く承諾してくれた。

その日の彼女と私の会話は1時間半に及んだ。
看護師として誇りと、病人としての不安が交錯していた。
しかし、とっても楽しく穏やかな日曜日の午後となった。

彼女は、「今、本を書いているのよ」とも言った。
「どんな本?」と聞いてみたが、
「内緒よ。私が死んだら、見ていいからね」と笑った。

こうした一見なにげない1日がとても貴重な1日で
あることは、ご家族も含めて全員が理解していた。
何の定、次の日は調子が悪くなり会話も出来なくなった。

激しく咳き込むことが多くなった。
食事の量が徐々に減ってきた。
うとうと眠っている時間が増えてきた・・・

これらは、訪問看護師からの日々の報告で知っていた。
私の訪問は、3日に1回に早まり、すぐに毎日になった。
しかし、ケアは全てご家族と訪問看護師だけで行われた。

がんの在宅ケアはあとで振り返ると、実にあっという間だ。
病状がどんどん変わっていく。
逃げ足が速い・・・

彼女が旅立ったのは、そのインタビューのわずか2週間後だった。
家族に囲まれた実に穏やかな最期だった。
この時しかないという時に、彼女の想いを記録できた。

2カ月後、ご家族からお手紙が届いた。
可愛い小冊子の表紙には「白衣をもう一度」と書いてあった。
「これがあの時、書いていた本だったのか・・・」

去る11月11日、日本看護協会で講演する機会があった。
全国40会場が衛星中継で結ばれた大規模な講演会だ。
そこで彼女の小冊子を配り、生前のビデオを見て頂いた。

神戸会場ではあちこちから泣き声が聞こえてきた。
どうやら彼女のおかげで、在宅ホスピスの良さが
全国の病院で働く看護師さんに伝わったようだ。

私は、訪問看護に興味がある病院の看護師さんがどれくらい
おられるのかメールを用いて3000人の受講者に聞いてみた。
前回の講演では、反応は、たった1%しかなかった。

しかし、今回の講演は全国の病院の看護師さんから
なんと300通もの感想文を頂いた。
http://www.nagaoclinic.or.jp/doctorblog/nagao/2011/11/post-1996.html
今回は、訪問看護への反応率がなんと10%にアップしたのだ。

多くの看護師さんが、彼女に自分を重ねて見ていたようだ。

私は彼女に感謝している。
彼女が、在宅ホスピスの良さを仲間に伝えてくれた。
あの日の映像と小冊子の中で、いまも彼女は微笑んでくれている。

(このシリーズ終わり)