《0590》 職場での看取り [未分類]

長く在宅医療をしていると、職場での看取りに遭遇する。
自営業の方の中には「職場で死にたい」と願う人がいる。
人生とは仕事、その仕事場で死にたいと。

自分が経営するスナックで死にたいという患者さんがいた。
自宅である2階からスタッフで下に降ろして、みんなで
代わる代わる何曲もの歌を歌いまくったたことがあった。

もはや虫の息の患者さんがなんと私の歌に注文をつけてきた。
「出だしのインパクトが足りんな。先生は歌はまだまだやな」
ほとんど聞こえていないかと思いきやちゃんと聞こえていた。

その翌日に息を引き取られた。
別のカラオケスナックの末期がんのオーナーは、
客が大声で歌う演歌を聞きながら、旅立たれた。

長くパーマ屋さんを営んでいたある女性は
自分のパーマ椅子の上で死にたいと言った。
意識が無くなる直前まで愛着のある椅子に座っていた。

あるクリーニング屋さんは、クリーニングを出しに来る
お客さんの声を聞きながら、死にたいと言った。
カウンターの後ろについたてを置き、奥に介護ベッドを入れた。

ご家族がお客さんと普通にやり取りをする中で、
静かに旅立たれた。
もしお客さんがついたての向うを見れば、ビックリしただろう。

ある看板屋さんの創始者は、作業場に介護ベッドを置いた。
自ら看板をかきながら部下に指示を出しながら旅立たれた。
インクの匂いがすると心が落ち着く、と言っておられた。

着物屋さん、八百屋さん、下駄屋さん、食堂・・・
自宅があるのに、職場で旅立たれたかたが沢山いた。
職場を、最期の居場所に選んだ。

下町では、職場での看取りは珍しくない。

そんな現場を一緒に回った研修医に質問してみた。
「病院とはだいぶちがうでしょう。どう感じる?」
何人かの研修医は、こう答えた。

「長尾先生、こんなことをしてよく逮捕されませんね!?」

そうか、私はそんな危ないことをやっているのか?
「でも、まだ逮捕されていないので、大丈夫じゃないかな」
言いたいことは沢山あるが、そう答える位にとどめている。

PS)
昨日は早朝の看取りに始まり、23時まで往診。
最終電車に揺られながら移動。わずかな仮眠のあと、
今朝は、5時に起きて大阪府八尾市で6時半から
「平穏死」について講演しました。
帰りの電車の中でこれを書いています。