《0634》 3週間ぶりの水 [未分類]

午前の嵐の外来の最後に飛び込んで来られたご家族たち。
もちろん、全くの初対面。
相当に困り果てた表情で入って来られました。

本人のたっての希望で、すぐに病院から出て家に帰りたいと。
年末に発熱したので救急車を呼んだら入院させられたとの事。
現在、何で入院しているのかサッパリ分からないという。

実はこのような相談は、よくあります。
というか、毎日、受けています。
まあ、ご家族も甘いといえば甘い。

「入院させられた」というが、救急車を呼んだのは家族。
入院を承諾したのも家族だろう。
今の日本で、承諾なく入院させられることはあり得ない。

病院の医師はいきなり「延命処置はどうするか?」と。
ここがご家族にしたら、かみ合わない第一点目でした。
家族と医療者の想いのズレが象徴されています。

家族の願いは、元気にして欲しい、その一点のみ。
しかし病院は、もしもの時に延命処置をするかしないか。
90をとうに超えた超高齢者なら、病院の気持ちは当然。

まあ、お互いの頭の中は、最初から食い違っていました。

第2点目の食い違いは、食べることに関して。
病院は、誤嚥するので食べてはいけない、の一点張り。
本人と家族は、食べさせて欲しい。

この食い違いでも、毎日相談を受けます。

私は、「病院から退院できるのなら診ます」と言いました。
大半は、退院できずにそのまま病院で亡くなるからです。
退院できるものなら退院してみろ位にしか聞いていません。

時間をかけてお話しても大半は病院に説得され諦めます。
しかしその家族はたった15分の私の話で決断されました。
「今からすぐに車に乗せて家に帰ります」と、凄い剣幕。

1時間後、病院の地域連携室から電話が入りました。
「先生、本当に診てくれるのですか?」
「はい、退院されたら私が診ますが・・・」

本当に入院が必要なら改めて入院すればいい。
私は、いつもそう単純に考えています。
第一、私にしてみればどんな状態なのか診ないと分からない。

家に着くや否や看護師とともに訪問しました。
干からびた老人が横たわっていました。
まあ、想像したとうりでした。

声をかけたら、返事が返ってきました。
しかし、いまいち、ボーっとしています。
そこで、ゴルフの話をしてみました。

少し反応がありました。
診察後、ゆっくり座らせてみました。
ちょっと肩で呼吸しているので、心臓が悪そう。

口の中はカラカラで、痰のカスがこびりついていました。
「口腔ケア」以前の問題です。
とりあえず、このカピカピをなんとかしてあげたい。

家族に水をコップについでもらいました。
一口だけ、飲ませてみました。
家族全員が息を飲んで、見守っています。

「ゴクッ!」
全員に聞こえる嚥下音を残してしっかり飲み込みました。
本人は、少し満足そうな表情になりました。

「フー」と、小さなため息をつきました。
3週間ぶりの水ですから、さぞ美味しかったでしょう。
続いて、何杯も水を飲ませました。

ご家族に安堵の表情が広がりました。
実は、こんなことは、何十回も経験しています。
この「ゴクッ!」の後の家族の表情が私の生きがい。

実は、この2時間後には、食事を食べました。
そして、4時間後には、かなり元気になりました。
そして、16時間後には、別人のように「復活」しました。

(つづく)