研修医君が真顔で質問してきました。
「長尾先生、本当に胸水を抜かなくても大丈夫?
病院では週3回、毎回1ℓ抜いていたのですが」
「大丈夫、大丈夫」と私。まあええ加減な返事です。
ですから研修医君もご家族も、まだ半信半疑です。
大病院から続いてきた「儀式」をしないのは大事件。
果たして1週間後に研修医君と訪問してみました。
訪問看護師さんは毎日利尿剤を打ってくれました。
予想通り患者さんは別人のようになっていました。
しかめっ面が笑顔に変わっていたのです。
肩呼吸だったのが、楽そうな呼吸に。
足の浮腫みもかなり軽減しました。
脱水が病人を元気にしました。
御飯も少し食べれるようになりました。
何から何まで明らかに改善しました。
これでご家族や本人にやっと信用してもらえそうです。
どこの馬の骨とも分からない町医者は簡単には信用
してもらえません。
まして命がかかった大事な局面ではそれで当然です。
ここで、ご家族から質問されました。
「先生、抗がん剤治療は続けたほうがいいでしょうか?」
「さあ、それは病院の主治医とよく相談してください」
「でも病院に行って1時間待つのが苦痛なのです」
「仕方がありませんよ、病院はそんな所ですから」
「先生から主治医に聞いてもらえませんか?」
「それはできませんね。医療はあくまで患者さんと
主治医の話し合いで決まるものですからね」
「じゃあ、これだけ元気になったので行ってみようかな?」
「どうぞ、予約を取ってから行かれたらどうでしょうか?」
ところが抗がん剤当日になってから私に電話が入りました。
「やっぱり、今日はやめておきます」と。
ドタキャンでした。
「ところで先生は、毎週、来て頂けますか?
しばらく、抗がん剤を止めてみたいのです」
「いいと思いますよ」と私。
この時点で本当の意味での在宅医療が始まったのです。
これまでは「往診」に過ぎませんでした。
定期的、計画的に行く「訪問診療」が在宅医療の柱です。
さて、抗がん剤を暫くお休みをして在宅療養で様子を見る
のはいいとして、もうひとつ困った問題が出てきました。
今度は免疫療法を続けるかどうかという相談でした。
研修医君と顔を見合わせてしまいました。
(続く)